気付けば、隣にいた  - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
8.近くて、遠い。

偶然じゃない



あの日から数日が過ぎた。

大学での噂は、少しずつ落ち着き始めていた。

最初ほど話しかけられることもなくなり、建物を歩いていても視線を感じることは減った。


「やっと普通に戻ったね」


奈瑠がパンを頬張りながら笑う。


「うん」


私も小さく笑い返した。


少し前まで、どこへ行っても

“西澤くんの彼女”

そんな声ばかり聞こえていた。

今はもう、それもほとんど聞かない。

時間が解決してくれる。

そう思っていた。

講義を終え、教室を出る。

今日は奈瑠もサークル。

希遥さんもゼミがある日。

私は久しぶりに1人で大学を出ることになった。

(大丈夫)

自分に言い聞かせるように歩く。

校門を抜け、人通りの多い歩道へ出る。

冷たい風が頬をかすめた。

信号待ちで立ち止まり、ぼんやりとスマホで時刻を確認する。

その時だった。

背中に、ぞくりとした感覚が走る。

誰かに見られている。

そんな気がした。

ゆっくり振り返る。

歩道には、会社員や学生が行き交っている。

特別おかしな人はいない。


「……気のせい」


そう呟き、歩き出した。

けれど100メートルほど歩いたところで、また同じ感覚に襲われる。

今度は立ち止まらず、ショーウインドーへ映る景色を何気なく見る。

後ろを歩く人影。

黒いコート。

一定の距離。

目が合わないように、視線だけで確かめる。

心臓が大きく鳴った。

(……いる)

昨日も。

一昨日も。

もしかしたら、その前から。

ずっと、同じだったのかもしれない。

確かめたい。

でも、確かめるのが怖い。

私は歩く速度を少しだけ速めた。

すると。

後ろの人影も、同じように歩幅を速める。

偶然じゃない。

そう確信した瞬間、全身からすっと血の気が引いていく。

胸の奥で、小さく名前が浮かぶ。

――湊都。

私はコートのポケットの中で、ぎゅっと手を握りしめた。


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