気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
私は何事もないふりをして歩き続けた。
振り返らない。
振り返ったら、本当に後ろにいることを認めてしまいそうだった。
冬の夕方。
街は仕事帰りの人や学生で賑わっている。
人がいるから大丈夫。
そう思い込もうとする。
信号が赤になる。
私は立ち止まり、何気ないふりで横断歩道の向こうを見る。
ショーウインドーへ映る景色。
後ろに立つ人影も、足を止めていた。
胸がどくん、と鳴る。
偶然じゃない。
でも、まだ振り返る勇気はなかった。
青信号へ変わる。
私は少しだけ早足になる。
駅前へ入れば人が増える。
それまで、あと少し。
そう思っていた、その時。
「真田さん?」
突然、横から名前を呼ばれた。
「え?」
振り向くと、教育学部の男子学生だった。
同じ必修講義で何度か顔を合わせたことがある。
「今帰り?」
「あ、うん」
「駅まで?」
「そうだけど……」
「俺も」
自然と隣へ並ぶ。
他愛もない話をしながら歩き始めた。
講義のこと。
レポートのこと。
冬休み明けの忙しさ。
ちゃんと返事をしているつもりなのに、頭の中は後ろのことばかりだった。
(まだいる……?)
駅前のガラスへ映る景色をそっと見る。
黒いコート。
さっきより少し距離はある。
それでも。
確かに同じ方向へ歩いている。
ぞわり、と背筋が冷えた。
「真田さん?」
「あ、ごめん」
「体調悪い?」
「ううん、大丈夫」
笑おうとした、その時だった。
後ろから聞き覚えのある声がした。
「茉桜」
その声だけで、体が強張る。
ゆっくり振り返る。
人混みの中。
黒いコートを着た湊都が、真っ直ぐこちらを見て立っていた。