気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
柊弥は少しだけ笑うと、近くの椅子へ腰を下ろした。
「やっと気付いたか」
「……」
否定はしなかった。
もう、できなかった。
「俺、……自分でも驚いてる」
正直な気持ちだった。
恋愛なんて、しばらく自分には関係ないと思っていた。
大学に入っても、建築の課題ばかり。
誰かを好きになる余裕なんてないと思っていた。
なのに。
「気付いたら、目で追ってた」
ぽつりと漏れる。
「朝リビングにいないと気になるし、帰りが遅いと時計見てるし」
思い返せば、全部そうだった。
風邪を引いた時も。
雪を見て笑っていた時も。
大学で噂になって困っていた時も。
全部、放っておけなかった。
「今日さ」
少し息を吐く。
「あいつが手首掴まれた瞬間」
言葉が詰まる。
あの光景を思い出すだけで、胸の奥がざわついた。
「頭真っ白になった」
柊弥は静かに頷くだけだった。
「もし、あと少し遅れてたらって考えたら」
拳を握る。
「……怖かった」
その一言は、自分でも驚くくらい素直だった。
柊弥は少しだけ窓の外を見てから、ゆっくり口を開く。
「想」
「うん」
「守りたいって思うなら、それはもう十分理由になるよ」
「……」
「恋愛ってさ、特別な瞬間に始まるものばかりじゃない」
穏やかな声だった。
「毎日の積み重ねで、気付いたら大切になってることもある」
その言葉が、胸にすっと落ちる。
毎朝の「おはよう」。
一緒に食べる夕飯。
くだらない会話。
何気なく並んで歩いた帰り道。
その全部が積み重なって、今がある。
「でも」
俺は苦笑する。
「今は言えない」
「うん」
「言ったら、余計に困らせる」
噂のこともある。
湊都のこともある。
今は、茉桜に安心して笑っていてほしい。
それだけでいい。
「だから」
小さく息を吸う。
「今は隣にいる」
「守る」
その言葉には、もう迷いはなかった。
柊弥は満足そうに一度だけ頷き、立ち上がる。
「それでいいと思う」
ドアを開ける前に、ふと振り返って笑った。
「でもさ」
「好きって気付いたら、意外と顔に出るから気を付けな」
「……出ない」
「いや、結構出てる」
そう言い残し、柊弥は部屋を出て行った。
静かになった部屋で、俺は思わず小さく笑う。
そんなこと、あるわけない。
……そう思ったのに。
頭に浮かぶのは、やっぱり茉桜の笑顔だった。