気付けば、隣にいた  - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -


朝食を食べ終え、私はマグカップをシンクへ運んだ。


「洗っとくよ」


希遥さんが食器を受け取ってくれる。


「ありがとうございます」


その間に、想くんは静かに立ち上がった。


「大学行く」


時計を見る。

まだ家を出るには少し早い時間だった。


「あ、想くん」


思わず声をかける。

想くんが振り返る。


「……昨日のことなんだけど」


そこまで言った時だった。


「やばい!」


希遥さんの声がリビングに響く。


「パン焦げた!」

「あっ!」


慌ててトースターへ駆け寄る希遥さん。

少し焦げた匂いが部屋中へ広がる。


「もー!」

「ちょっと目離しただけなのに!」


柊弥さんが苦笑しながら皿を差し出した。


「はい、新しいの焼こう」

「ありがとうございます……」


一気にリビングが慌ただしくなる。

その隙に、想くんはリュックを肩へ掛けた。


「先行く」

「あ……」


引き止める間もなく、玄関のドアが閉まる音がした。

静かになったリビングで、私は小さく息を吐く。


「タイミング悪かったなぁ」


ぽつりと呟く。


「あとで話せばいいよ」


柊弥さんが穏やかに笑う。


「想も逃げてるわけじゃないから」

「そう、ですよね」


そう返事をしながらも、胸の中には少しだけ引っかかるものが残った。

昨日から、どこか距離を感じる。

私、何かしちゃったのかな。

そんなことを考えながらコートを羽織り、玄関へ向かう。

ドアを開けると、冬の冷たい空気が頬をかすめた。

門の前には、もう想くんの姿はない。

私はその背中を探すように一瞬だけ辺りを見回してから、小さく首を振った。


「……大学で話せるといいな」


そう呟いて、家をあとにした。

< 208 / 229 >

この作品をシェア

pagetop