気付けば、隣にいた - 無愛想な同居人は、不器用に優しい。 -
講義が終わった。
奈瑠と別れた後、私は少し迷いながら建築学科の校舎へ向かった。
昨日のこと、ちゃんとお礼を言いたかった。
助けてくれたこと。
怖い思いをした時、隣にいてくれたこと。
それなのに、今朝は話すタイミングを逃してしまった。
「……いるかな」
建築学科の前まで来ると、見覚えのある姿が目に入った。
黒いリュック。
片手には資料。
想くんだった。
声をかけようと一歩踏み出す。
その時。
「西澤くん」
女の子の声が聞こえた。
思わず足を止める。
同じ学科の人だろうか。
想くんの近くに、数人の学生が集まっていた。
「昨日の噂、本当なの?」
その言葉に、胸がざわつく。
「真田さんと付き合ってるってやつ」
「……」
想くんは少し困ったように目を伏せた。
「違う」
その一言に、心臓が小さく跳ねる。
……そうだよね。
嘘だったんだから。
そう思ったのに。
「でも」
想くんが続ける。
「今は違うだけ」
「え?」
聞いた女の子が首を傾げる。
想くんは数秒黙った。
そして。
「茉桜が嫌がることはしない」
「それだけ」
静かな声だった。
「でも、西澤くん」
「真田さんのこと、結構大事にしてない?」
その言葉に、想くんの動きが止まる。
「……」
否定しない。
そのことに、なぜか胸が苦しくなった。
「じゃあ、好きなの?」
冗談っぽい声。
でも。
想くんは笑わなかった。
「……分からない」
少し間を置いて。
「でも守りたいと思う」
その言葉を聞いた瞬間。
私は息を止めた。
昨日も。
今日も。
想くんはいつも通りだった。
ぶっきらぼうで。
何を考えているのか分からなくて。
でも本当は。
そんなふうに考えてくれていたんだ。
胸の奥が、じんわり熱くなる。
その時。
想くんがふと顔を上げた。
目が合う。
「あ……」
慌てて隠れる。
聞いていたことがバレたらどうしよう。
そんなことを考えている間に、足音が近付いてきた。
「茉桜」
低い声。
振り返ると、想くんが立っていた。
「う、うわぁ想くんだ!偶然、偶然だね」
「いつからいた」
「えっと……」
答えられない。
想くんは少しだけ困ったような顔をした。
「聞いた?」
「……少しだけ」
沈黙。
冬の冷たい風が、2人の間を通り抜けた。