理系喪女の私がこんなにモテていいわけがない
「まあいいや、この際だ。ちょっとそこ座れ、相川」
「はい?」
今度は何? お説教? ていうか私たち全裸ですけど。とはいえ、見慣れたお互いの身体、隠すような恥じらいもなく、キングサイズのベッドの上にすごすごと居ずまいを正す。二人、大きなベッドの上で向かい合うように座る。
――なんか変なことをしている気がするな。まあいいか。無理矢理、中出しされるよりマシか。
「俺さ、こないだ事故に遭ったろ?」
住良木さんが右腕の生々しい大きな絆創膏を見せつける。住良木さんの怪我は転倒した際にできた擦り傷で大怪我ではなかったが、傷が深く患部が広かったため跡が残ってしまいそうだった。何とか綺麗に治すためにハイドロコロイドの大きな絆創膏を事故から三週間ほど経った今でもまだ貼っている。
「あの時、思ったんだよ。人間って思ってもいないタイミングで死ぬこともあるんだな、って」
住良木さんが傷を撫でながらその時のことを思い出しているみたいに呟く。
そんな、「死ぬ」なんて住良木さんに言ってほしくない。でも、私もあの時思った。いつも一緒にいる人が未来永劫そこにいるわけじゃないんだって。
「別に俺、好きなように生きてきたし、やりたい仕事もしている。俺の生き方に後悔なんてしたこと、今まで一度もなかった」
全裸の住良木さんがすっと私を見つめる。灰色の瞳に私の顔が映る。
「でも、あの事故の時、車両がひっくり返ったみたいになったあの時、一個だけすごい後悔したことがあったんだよ」
住良木さんの手が私の顔に伸びる。いつものように耳の下あたりをその大きな手で包む。
「――お前のことだ、相川優香」
どきん、ともう何度も見つめているはずのその瞳に心が動く。――住良木さん、真剣だ。
「あの時、お前とちょっと険悪だったのもあったし、あの瞬間、すげぇ後悔した。意地なんて張らずに、もっと素直に気持ちを伝えていればよかったって」
「住良木さん……」
「もっとお前と色んなことしたかったって。エロい意味じゃなくて、どっか行ったりとか、美味いもん食べたりとか、そういう面白そうなこと、二人でもっとしたかったって」
住良木さんの手が私の顔を撫でまわす。――この人、本当に私のことが大好きなんだ。
「もっともっとお前と一緒に人生歩みたかったって、そんで結婚して、家族になって、俺とお前の子どもの顔、見たかったなぁってマジで思ったんだよ」
私は思わず住良木さんの手をとる。目頭が熱くなってその手に涙を擦りつける。
「同棲したらちょっとはその欲も収まるかと思ったんだけどダメだったわ。ますますしたくなった。だから結婚しようぜ、優香。んで子ども作ろう」
住良木さんが全裸の私を抱きしめる。この綺麗で賢い男の人は心から私のことを愛してるんだ。結婚したいって生涯を共にしたいって家族を築きたいって、全部、本物の気持ちなんだ。
私は感動してその胸の中で思わず泣いてしまった。こんなのすごすぎる。こんなパーフェクトな人にこんなに深く愛されるなんて宝くじ高額当選並みのラッキーだ。
「そんなの、私には勿体なさすぎるお願いですよ……嬉しいです。順序めちゃくちゃですけど……まず結婚してからじゃないですかね、普通……」
私はその腕の中でぼそぼそと答えた。子作りから始めるなんて、住良木さんらしいといえばらしいけど、やっぱりぶっ飛んでいる。
「言うと思ったぜ。じゃあ、ちょっと待っとけ。した後でやろうと思ってたんだけどな……」
私を離した住良木さんが全裸のまま、壁のハンガーにかかったジャケットのポケットをごそごそ探る。「こういうの、実は苦手なんだよな……」とボヤキながら小さな箱を持ってくる。
「うら、左手出せ」
――え? 嘘? マジで?
私はぼんやりしながら左手を差し出す。
「サイズはこっそり測ったから合うと思うんだけどな……」
などと言って住良木さんが臙脂の箱をぱかりと開ける。
そこには、大きなダイヤモンドの付いた光輝くプラチナの指輪があった。
「おら、カル〇エだぞ。ひれ伏せ、驚け、喜べ」
相変わらず不遜な態度で指輪を箱から出す住良木さんは、この時ばかりはまるでおとぎ話の王子様みたいに見えた。――全裸だけど。
「――おし、ピッタリだな」
私の薬指に眩しい輝きが宿る。これは現実? 私、この王子様を従えたお姫様になっちゃったの? 信じられない。びっくりするぐらい素敵。
「ほら、もっと狂喜乱舞しろ。高かったんだから」
――王子様にしては態度が悪すぎるか。でも、最高に嬉しい! 今までで一番のサプライズだ。
「あ、ありがとうございます、住良木さん。本当に嬉しいんですけど……」
「ん? なんだ?」
「……服、着ている時にプロポーズしてほしかった……」
だははっと住良木さんが笑う。それ、俺もさっきから思ってたわ、なんて愉快そうにしている。
――まあ、いいか。これが私たち。これからもこうやってずっと二人で、ムードもへったくれもなく、憎まれ口を叩きながら、わーわーやっていくんだ。そんな人生、きっと最高に面白い。
「でも! 籍も入れていないのにいきなり子作りは無理です! 私のキャリアもありますし。家族計画の主導権は私が握らせてもらいますからね!」
「ええーじゃあ今日は無理ってこと?」
折角プロポーズしたのに、などとぶつくさ言っている住良木さんは最高にかっこよくって可愛くてクレイジーだ。なんだかいじらしくなって気を許してしまう。
「……今日のところは安全日なのでオッケーです」
よっしゃー! と拳を固める住良木さんはやはりどこかずれた人だが、だからこそ毎日とても楽しい。今日もこれからも、ずっと、きっと一生楽しい。
これから先、こんなスーパーハイクオリティな旦那さんを持ったら、笠井君どころか誰からもモテないだろうな。でもいいか、私はこの人にだけモテていれば。後の人生、住良木さん以外には非モテの理系喪女として取り扱われたって全然かまわない。それで私は充分幸せなんだから。
私はそんな幸福感に満たされて、再び住良木さんの真っ白な腕の中に身体を預けた。後はただ、永遠に続く至福の時に身を任せていればよかった――
了
「はい?」
今度は何? お説教? ていうか私たち全裸ですけど。とはいえ、見慣れたお互いの身体、隠すような恥じらいもなく、キングサイズのベッドの上にすごすごと居ずまいを正す。二人、大きなベッドの上で向かい合うように座る。
――なんか変なことをしている気がするな。まあいいか。無理矢理、中出しされるよりマシか。
「俺さ、こないだ事故に遭ったろ?」
住良木さんが右腕の生々しい大きな絆創膏を見せつける。住良木さんの怪我は転倒した際にできた擦り傷で大怪我ではなかったが、傷が深く患部が広かったため跡が残ってしまいそうだった。何とか綺麗に治すためにハイドロコロイドの大きな絆創膏を事故から三週間ほど経った今でもまだ貼っている。
「あの時、思ったんだよ。人間って思ってもいないタイミングで死ぬこともあるんだな、って」
住良木さんが傷を撫でながらその時のことを思い出しているみたいに呟く。
そんな、「死ぬ」なんて住良木さんに言ってほしくない。でも、私もあの時思った。いつも一緒にいる人が未来永劫そこにいるわけじゃないんだって。
「別に俺、好きなように生きてきたし、やりたい仕事もしている。俺の生き方に後悔なんてしたこと、今まで一度もなかった」
全裸の住良木さんがすっと私を見つめる。灰色の瞳に私の顔が映る。
「でも、あの事故の時、車両がひっくり返ったみたいになったあの時、一個だけすごい後悔したことがあったんだよ」
住良木さんの手が私の顔に伸びる。いつものように耳の下あたりをその大きな手で包む。
「――お前のことだ、相川優香」
どきん、ともう何度も見つめているはずのその瞳に心が動く。――住良木さん、真剣だ。
「あの時、お前とちょっと険悪だったのもあったし、あの瞬間、すげぇ後悔した。意地なんて張らずに、もっと素直に気持ちを伝えていればよかったって」
「住良木さん……」
「もっとお前と色んなことしたかったって。エロい意味じゃなくて、どっか行ったりとか、美味いもん食べたりとか、そういう面白そうなこと、二人でもっとしたかったって」
住良木さんの手が私の顔を撫でまわす。――この人、本当に私のことが大好きなんだ。
「もっともっとお前と一緒に人生歩みたかったって、そんで結婚して、家族になって、俺とお前の子どもの顔、見たかったなぁってマジで思ったんだよ」
私は思わず住良木さんの手をとる。目頭が熱くなってその手に涙を擦りつける。
「同棲したらちょっとはその欲も収まるかと思ったんだけどダメだったわ。ますますしたくなった。だから結婚しようぜ、優香。んで子ども作ろう」
住良木さんが全裸の私を抱きしめる。この綺麗で賢い男の人は心から私のことを愛してるんだ。結婚したいって生涯を共にしたいって家族を築きたいって、全部、本物の気持ちなんだ。
私は感動してその胸の中で思わず泣いてしまった。こんなのすごすぎる。こんなパーフェクトな人にこんなに深く愛されるなんて宝くじ高額当選並みのラッキーだ。
「そんなの、私には勿体なさすぎるお願いですよ……嬉しいです。順序めちゃくちゃですけど……まず結婚してからじゃないですかね、普通……」
私はその腕の中でぼそぼそと答えた。子作りから始めるなんて、住良木さんらしいといえばらしいけど、やっぱりぶっ飛んでいる。
「言うと思ったぜ。じゃあ、ちょっと待っとけ。した後でやろうと思ってたんだけどな……」
私を離した住良木さんが全裸のまま、壁のハンガーにかかったジャケットのポケットをごそごそ探る。「こういうの、実は苦手なんだよな……」とボヤキながら小さな箱を持ってくる。
「うら、左手出せ」
――え? 嘘? マジで?
私はぼんやりしながら左手を差し出す。
「サイズはこっそり測ったから合うと思うんだけどな……」
などと言って住良木さんが臙脂の箱をぱかりと開ける。
そこには、大きなダイヤモンドの付いた光輝くプラチナの指輪があった。
「おら、カル〇エだぞ。ひれ伏せ、驚け、喜べ」
相変わらず不遜な態度で指輪を箱から出す住良木さんは、この時ばかりはまるでおとぎ話の王子様みたいに見えた。――全裸だけど。
「――おし、ピッタリだな」
私の薬指に眩しい輝きが宿る。これは現実? 私、この王子様を従えたお姫様になっちゃったの? 信じられない。びっくりするぐらい素敵。
「ほら、もっと狂喜乱舞しろ。高かったんだから」
――王子様にしては態度が悪すぎるか。でも、最高に嬉しい! 今までで一番のサプライズだ。
「あ、ありがとうございます、住良木さん。本当に嬉しいんですけど……」
「ん? なんだ?」
「……服、着ている時にプロポーズしてほしかった……」
だははっと住良木さんが笑う。それ、俺もさっきから思ってたわ、なんて愉快そうにしている。
――まあ、いいか。これが私たち。これからもこうやってずっと二人で、ムードもへったくれもなく、憎まれ口を叩きながら、わーわーやっていくんだ。そんな人生、きっと最高に面白い。
「でも! 籍も入れていないのにいきなり子作りは無理です! 私のキャリアもありますし。家族計画の主導権は私が握らせてもらいますからね!」
「ええーじゃあ今日は無理ってこと?」
折角プロポーズしたのに、などとぶつくさ言っている住良木さんは最高にかっこよくって可愛くてクレイジーだ。なんだかいじらしくなって気を許してしまう。
「……今日のところは安全日なのでオッケーです」
よっしゃー! と拳を固める住良木さんはやはりどこかずれた人だが、だからこそ毎日とても楽しい。今日もこれからも、ずっと、きっと一生楽しい。
これから先、こんなスーパーハイクオリティな旦那さんを持ったら、笠井君どころか誰からもモテないだろうな。でもいいか、私はこの人にだけモテていれば。後の人生、住良木さん以外には非モテの理系喪女として取り扱われたって全然かまわない。それで私は充分幸せなんだから。
私はそんな幸福感に満たされて、再び住良木さんの真っ白な腕の中に身体を預けた。後はただ、永遠に続く至福の時に身を任せていればよかった――
了