ほどけるくらい、愛して〜魔術師は異世界から来た運命のひとを逃がさない〜
 翌日も、翌々日も、元の世界に帰る日まで彩瑛は普段と変わらず過ごした。
 別れは、世話になった食堂の女将さんと、シフトが一緒になることは少なかったが一緒に働いていた子にだけ伝えて。
 この世界に来て一年目の、それは綺麗な満月の夜。
 彩瑛はこの世界の土を最初に踏んだ場所に向かい、この世界に来たときの格好で、そっと目を閉じる。
 そして元の世界に帰るための言葉を、静かに口にした。
 体が温かいものに包まれ、しばらくして温もりがなくなってから目を開く。目の前に広がっていたのは、一年前までは毎日見ていた、自分の部屋の玄関だった。
 居眠りをして、夢でも見ていたのだろうか?
 そう思うぐらいに、何も変わっていなかった。
 ――ただひとつ、落としたバッグから飛び出た髪留めが目に入るまでは。
 それはギルベルトが彩瑛に贈ってくれたものだった。唯一処分のできなかったそれを、彩瑛はハンカチに包んでバッグの中に入れていた。
 途端にぼろぼろと涙が出てきて止まらなくなる。今まで堪えていた涙腺が崩壊したように溢れて止まらなくなった。
 ひとしきり泣いて、そっと髪留めを胸に抱く。
 ――明日からまた、このバレッタを付けて頑張ろう。この想いはきっと、いつか思い出にできる。
 そして、彩瑛にあの世界へ行く前と同じ日常が、帰ってきた。
 「何か変わった?」と同僚に聞かれることが多くなったけれど、そのたびに何でもないと首を横に振る。
 帰ってきて二次元が恋人に戻ってしまったけれど、彩瑛はそれなりに充実した日々を過ごしていた。
 始めのうちは見ることも辛かった彼に似たゲームの推しキャラも、ひと月、ふた月と経つうちに、まったくの別人だと割り切れるようになった。
 初恋は結局叶わなかった。だけどそれで良かったのだと想いに蓋をして。
 きっといつか思い出話になる日まで、その蓋は開けないつもりだった。
 帰ってきて半年が経ち、それは綺麗な満月が夜空に輝く、今日までは。
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