ほどけるくらい、愛して〜魔術師は異世界から来た運命のひとを逃がさない〜
「それでは――」

 それでは『また』、といつもは伝えていた。だけどもう、次はない。さよならも伝えられない彩瑛の、精一杯の別れの言葉だった。

 彩瑛は踵を返してその場を後にしようとして、けれどその前に伸びてきた手が彩瑛の手首を掴んだ。振り返ると、ギルベルトが怪訝そうな顔で彩瑛を見つめている。

「ねえサエ、何か僕に……隠してる?」
「え?」

 心臓が大きく跳ねた。けれどここで冷静さを欠いたら、そうだと言っているようなものだ。笑って、いえ、と彩瑛は否定した。
 琥珀色と紅色の瞳が、まっすぐ彩瑛を見つめてくる。目を逸らしたら肯定しているのと同じことで、目を逸らすことはできない。
 恐らく視線が合っていたのは数十秒ほどだっただろう。ギルベルトは、「そう」と言って、彩瑛の手首を離した。

「術が完成したら、一番に会いに来る。だから……待ってて」

 するりと頬を撫でられる。彩瑛が呆然としている間に、ギルベルトは外衣を翻して、その場から消えてしまった。
 辺りにはただ闇夜が広がるだけで、彼の姿はもう見えない。
 我に返った彩瑛は、こみ上げてくるものを必死に堪えながら、大きく息をした。まだ仕事は終わっていないし、黙って姿を消すことを選んだのは、彩瑛自身だ。泣くことは許されない。
 熱くなった目尻を拭って、彩瑛は改めて裏口の扉に手を掛けた。中に入ると、いつも通りの賑やかさに安堵した。昼は食堂として営業しているけれど、夜は酒場の色が濃く、騒がしいのだ。
 何度か茶化されたりもしたが、事情を知っている女将に助けられたりしながら、彩瑛はギルベルトのことを考えないように慌ただしく動き続けた。
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