乳吸鬼♀&未来偵察メイド:悪魔と共に在る世界  ※(関連作の目次リンクあり)

第一話 檻の向こうに悪魔が訪ねてきた日

(1)
 こんな普通の居住区よりも小奇麗なはずの街並みには、凄惨と恐怖の気配や絶望の息遣いが漂い残って染みついているのだった。
 この帝国で上位の支配階級である「魔族」の済んでいる内城街区のすぐ横と隣の周辺で、言わばエリートの住む城下町や付属する市場。だからこそ、普通の下層民・被支配者である人間たちはできるだけ近寄りたがらない。清掃などの仕事でも、売春婦ですらも、長くは留まりたがらないし、さらに外縁部から必要な時間だけやって来ている者が多い。
 だって、道路傍の店で食用に人間が殺されて売られていたり、虐待する遊戯や売却待ちのために檻に入れられている。魔族は姿や形こそ人間に似ていたけれど、強力な力と残酷な性質で、日常的に人間を食べたり(そうしないと栄養が足りないらしい)、家畜と奴隷にしか考えていない。そして、その支配を支えている「人間のエリート階級」である、魔族の上級下僕たちがどういう人たちであるかなんて、考えるまでもない。お金と生活のためや他のやむない事情でもなかったならば、一般下層民たちからは敬遠されたり嫌われてもいるほどだ。

(せめて、どうせ売り飛ばされるんだったら、エルフの債務奴隷とかの方が良かったけど。そんな上手くいくわけなかった)

 レトラは、檻の鉄格子にもたれて膝を抱えて丸く座り、膝にのせた顎で眉根を寄せる。まだ年若い小娘だが、その人生はすでに終わったも同然であった。路地から吹き込んでくる風は少し肌寒かったが、それ以上に心が寒く、絶望と孤独と虚無感に苛まれて朦朧としている。

(あのおまじない、効かなかったよ)

 心の中で、一人で苦笑いしながら、村の友人たちの送別の「おまじない」に思いを馳せる。それはエルフやドワーフのような良い主人や買い手に巡り会うようにというもの。「レトラだったら綺麗で優しいからエルフ族からも好かれる」などという、励ましと慰めの言葉も今はむなしいばかり。
 なぜなら同じような、支配階級に準じた地位のエルフやドワーフだったら、たとえ人間を見下してこそいても、魔族のように凶暴や極悪ではないのだしそもそも人間を食べないのだから。エルフ族は人間と交際があったり通婚や混血している場合も多いから、しばしば「身代金を立て替えた債務奴隷」として遇して、使用人や下僕であっても最低限以上の保護がなされたり一定期間の労役で自由になれることが多い。一時的には労働力の搾取ではあっても、衣食は保障されたり給与が貰えるのだから、人間の地主に小作人したり有力商人に丁稚奉公と大差がない。何より「準支配種族」であるエルフ族と付き合いや縁故ができるのは悪くない話だし(寿命が長いこともあって、個々のエルフは特定の家系や村とだけ代々に付き合う慣例がある)、しかも混血の子供が産まれた場合(妊娠する確率は低いらしいけれど)には、その子は「エルフ族の身内」として境遇されることも多い。
 同じ奴隷で売却待ちであっても、買い手次第で天国地獄。だから、こんな魔族に近い場所で商品展示されているのは、悪い前触れで地獄に落ちる前段階みたいなものなのだ。
 彼女は何か悪いことをしたわけでなく、ただ単に運が悪かった。ある日、村に役人がやってきて「供出命令」が出されて、クジ引きと互選で「村から売られた」。人畜・奴隷であって、もはや下層民ですらない物扱い。それで今は競売オークションにかけられる前にこうして、事前に買い手に値踏みされるさらし者にされている。路地に並べられた檻の一つに入れられて、たまに視線を感じながら、耐えられずに蹲って頭を抱えるばかりだ。
 幸か不幸か、地方政府の財政のための「売り物」であるために、命を養う食事は相応量に与えられていたし、商品価値を維持するために乱暴されてもいなかったが、しょせんは嵐の前の静けさでしかないことくらいわかっていた。
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