乳吸鬼♀&未来偵察メイド:悪魔と共に在る世界 ※(関連作の目次リンクあり)
「私が欲しかったら、買い取って大事にしてよ。良くしてくれるんだったら、尽くしてあげる」
視線を正面からぶつけて気がついた。彼の濃灰のフードから見える前髪は黒いようだったが、その瞳は金属質のような光のコバルトブルーで、人工的な不可思議さ。普通の人間の青い瞳とはなんだか違うふうだったし、髪と瞳の色が濃淡でかけ離れているのも普通一般でない感じがした。
そもそも、下層民で被支配階級であるはずの人間が、こんな魔族の占有区域の「内城」の近くでブラブラしていることからして、いささか奇妙でもあるだろう。人非人のエリート階級を別とすれば、特定の仕事や用事がない限りは、近寄りたがらない。旅人でわけがわかっていないだけなのかもしれなかったが、たとえ不案内で迷い込んだにしても、こんな売却檻の並んだ光景や人肉屋の店先・看板を見れば、嫌でも察するはず。それともご本人は戸惑って、檻で居合わせたレトラに道でも聞きたいとでもいうのだろうか?
にわかに興味が湧く。ひょっとしたら、エルフや人間の有力者などから「債務奴隷」を物色するように使わされたのかもしれない。
レトラは表情を和らげ、神妙な顔になる。
どうやら相手方も当惑しているようだった。
やがて、投げ返されたのは意表を突く言葉。
「もし、死にたかったら言ってくれ」
まるで時が止まったようだった。
レトラの頭の中と胸の内で、驚きと怒りと呆れと嘆きが渦巻き出す。
「はぁっ?」
ついつい露骨に唇をとがらせ、眉間に皺を寄せてねめつけながら、レトラはふらりと立ち上がって鉄格子をつかんで迫った。何かが限界を超えて溢れ出したようだった。
ストレートで冷淡な親切心なのか、それとも売られた喧嘩を買ったつもりで言い返したのか。拒否するにしたって、もう少し思いやりや優しさがあっていいのでないか? こっちだって、好きでこんな檻に入れられて破滅を待っているわけじゃあない! せめて、助けられないことを、申し訳なさそうにしろよ!
これだけ同様の境遇の売却奴隷の檻が並ぶ中で、レトラにだけ優しくしろというのは無理ではあるだろう。全員に感情移入や同情しまくったら、この男だって神経が持たない。一般に「男より優しい」とされる女性だって、我が身と身内や大切な人間とそれ以外、身近な者と遠く縁がない者では感情の温度が違う。客観的にはわかっていても、それでも疲れ果てて擦り切れたレトラの主観的には怒りに値する。
「なによ、それ!」
すると、男は鼻歌を歌った。
「さっき、歌っていたように思ったが。どうしてこの歌を?」
それはレトラがさっき小声で歌っていた歌。
そうだった、私は無意識に、小声でメロディと言葉を口ずさんでいたのだ。それでこの変な若い男が気を引かれたのか。
ようやく合点がいって、レトラはやや落ち着きを取り戻して答えた。
「ひょっとして、知っているの? うちの家で、おばあちゃんが教えてくれたの。ずっと昔の遠い故郷の民謡だとか、なんとか」
「民謡?」
若い男は片眉をあげた。
「これは、古い時代の宗教宗派の賛美歌のはずだが。なにかゆかりがあって、民謡だと思って伝わっていたのかもしれない」
男は「さもありなん」と、顎に手首を当てて考える仕草で、レトラの目を覗き込む。そして「そういうことか」と呟く。
次の瞬間、レトラの胸に鋭い痛みが走った。
針のようなものを刺されて、それが肋骨のすぐ上と乳房の肉の間に刺さり潜り込んでいる。慌てて探って確かめたが、深く奥にまで刺さり込んでとれそうもない。
「あ、あなた! こんな!」
警戒して後じさって睨むと、男はほんのわずかに微笑んだ気配がした。わけわからない。
「選別だ。それは害にはならない」
彼はポケットから銀貨を一枚投げて、さっさと行ってしまう。その銀貨は一種の古い時代の古銭だったのだが、そのときは知る由もなかった。
視線を正面からぶつけて気がついた。彼の濃灰のフードから見える前髪は黒いようだったが、その瞳は金属質のような光のコバルトブルーで、人工的な不可思議さ。普通の人間の青い瞳とはなんだか違うふうだったし、髪と瞳の色が濃淡でかけ離れているのも普通一般でない感じがした。
そもそも、下層民で被支配階級であるはずの人間が、こんな魔族の占有区域の「内城」の近くでブラブラしていることからして、いささか奇妙でもあるだろう。人非人のエリート階級を別とすれば、特定の仕事や用事がない限りは、近寄りたがらない。旅人でわけがわかっていないだけなのかもしれなかったが、たとえ不案内で迷い込んだにしても、こんな売却檻の並んだ光景や人肉屋の店先・看板を見れば、嫌でも察するはず。それともご本人は戸惑って、檻で居合わせたレトラに道でも聞きたいとでもいうのだろうか?
にわかに興味が湧く。ひょっとしたら、エルフや人間の有力者などから「債務奴隷」を物色するように使わされたのかもしれない。
レトラは表情を和らげ、神妙な顔になる。
どうやら相手方も当惑しているようだった。
やがて、投げ返されたのは意表を突く言葉。
「もし、死にたかったら言ってくれ」
まるで時が止まったようだった。
レトラの頭の中と胸の内で、驚きと怒りと呆れと嘆きが渦巻き出す。
「はぁっ?」
ついつい露骨に唇をとがらせ、眉間に皺を寄せてねめつけながら、レトラはふらりと立ち上がって鉄格子をつかんで迫った。何かが限界を超えて溢れ出したようだった。
ストレートで冷淡な親切心なのか、それとも売られた喧嘩を買ったつもりで言い返したのか。拒否するにしたって、もう少し思いやりや優しさがあっていいのでないか? こっちだって、好きでこんな檻に入れられて破滅を待っているわけじゃあない! せめて、助けられないことを、申し訳なさそうにしろよ!
これだけ同様の境遇の売却奴隷の檻が並ぶ中で、レトラにだけ優しくしろというのは無理ではあるだろう。全員に感情移入や同情しまくったら、この男だって神経が持たない。一般に「男より優しい」とされる女性だって、我が身と身内や大切な人間とそれ以外、身近な者と遠く縁がない者では感情の温度が違う。客観的にはわかっていても、それでも疲れ果てて擦り切れたレトラの主観的には怒りに値する。
「なによ、それ!」
すると、男は鼻歌を歌った。
「さっき、歌っていたように思ったが。どうしてこの歌を?」
それはレトラがさっき小声で歌っていた歌。
そうだった、私は無意識に、小声でメロディと言葉を口ずさんでいたのだ。それでこの変な若い男が気を引かれたのか。
ようやく合点がいって、レトラはやや落ち着きを取り戻して答えた。
「ひょっとして、知っているの? うちの家で、おばあちゃんが教えてくれたの。ずっと昔の遠い故郷の民謡だとか、なんとか」
「民謡?」
若い男は片眉をあげた。
「これは、古い時代の宗教宗派の賛美歌のはずだが。なにかゆかりがあって、民謡だと思って伝わっていたのかもしれない」
男は「さもありなん」と、顎に手首を当てて考える仕草で、レトラの目を覗き込む。そして「そういうことか」と呟く。
次の瞬間、レトラの胸に鋭い痛みが走った。
針のようなものを刺されて、それが肋骨のすぐ上と乳房の肉の間に刺さり潜り込んでいる。慌てて探って確かめたが、深く奥にまで刺さり込んでとれそうもない。
「あ、あなた! こんな!」
警戒して後じさって睨むと、男はほんのわずかに微笑んだ気配がした。わけわからない。
「選別だ。それは害にはならない」
彼はポケットから銀貨を一枚投げて、さっさと行ってしまう。その銀貨は一種の古い時代の古銭だったのだが、そのときは知る由もなかった。