本気のキスは甘くとろけて
本気のキスは甘くとろけて
「柚子、お願いっ! 今夜の合コン、一緒に来て!」
「えっ、ええ~?」
「お願い! 柚子しか頼める人がいないの! 今日はカテキョのバイト、ないでしょ?」
「ないけど……」
「じゃあ、お願い! ただの数合わせだから、のんびり相槌を打ってるだけでいいの! 柚子がいないと、あたし一人アウェイで心細いんだよ~」
「う……うん……わかった」
大学で一番親しくしている友人の大西真帆から必死に頼まれて、柚子は仕方なく頷いた。
(合コンなんて……行ったことないんだけどなあ)
大学三年生の指原柚子は、私立大学の文学部海外文学コースに通う学生だ。同じコースの真帆は、一年次の必修科目の講義で同じグループになった時に意気投合し、一緒に遊びに行くなどして、とても仲良くしてもらっている。
その真帆が必死に合コン参加を頼んでくるのには、わけがあった。
そもそもその合コンは、真帆が入っているワイン同好会というサークルの先輩のお姉さんが幹事を務めている。参加者はそのお姉さんと、お姉さんの職場の後輩、それにワイン同好会の四年生二人だったそうなのだが、その四年生が一人、前日になって参加できなくなってしまった。そこで真帆が呼ばれ、ピンチヒッターとして参加することになったという。
それだけなら柚子にはまったく関わりがない合コンなのだが、なんと当日の今日になって、もう一人の四年生も欠席になってしまったという。
そこで真帆は、柚子に泣き付いたのだ。ほかの参加者は全員社会人で、サークルの先輩がいないとなると、学生である自分一人が完全にアウェイになってしまう。だから、同じ大学生であり、一番の仲良しである柚子に一緒に行ってほしいと。
柚子としてはまったく気乗りはしなかったが、困っている友人を放ってはおけないと思い、たいそう気を重たくさせながらも真帆と二人、会場であるしゃれた居酒屋に向かった。
相手の男性たちどころか、女性側の二人の社会人メンバーとも「どうも、初めまして……」というよそよそしい距離感だったが、生真面目な柚子は誰に対しても一歩引いた丁寧な態度を心掛け、知らないなりに話を合わせ、時には広げ、相槌を打った。自分は出会いなど求めていないので、積極的に男性陣にアプローチをする社会人女性二人の邪魔を決してすることなく、聞き役に徹したり、空の皿やグラスを下げたりして、とにかく前に出ないように気を遣った。
相手の男性たちは、年齢は違うが同じ会社の先輩、後輩という四人で、その中に一人、芸能人になれそうなほど顔の整った男がいた。幹事でないほうの社会人女性――名を河合八重といった――が、終始その男性に熱い視線を送っていたので、柚子は彼女のアプローチの妨げにならないように、その男性のことはなるべく見ないようにしていた。
しかし、今日から一週間ぐらいは忘れられないだろうな、と思うほどにその男――大熊賢人はイケメンで、これまでに柚子が出会った男性の中で最もステータスの高い男性だった。
(こんなイケメンと知り合えるのなら、合コンしたがるのもわかる……かもしれない)
出会いを求めているわけではないが、へたな芸能人よりもオーラを放ち、洗練された雰囲気の賢人に柚子はひっそりと感動した。そして、こうした集まりを積極的にしたがる人の心情が少しだけ理解できた。
合コンは一次会で解散となり、柚子は真帆と一緒に電車に乗った。そして真帆と別れ、家に向かって歩きながら考える。
激しい気疲れはしたが、目の保養になるほどの素敵な人に会うことができた。ただ、賢人も決して乗り気で合コンに参加したわけではないのか、河合八重からの懸命のアピールをのらりくらりとかわしていた。もしかしたら、彼も柚子と同じように数合わせで呼ばれたか、先輩からの参加命令に逆らえなかったのかもしれない。合コンに参加しなければならないほど、女性との縁が薄い生活を送っている――なんてことはきっとないだろうし、きっと彼にとっては不本意な時間だったことだろう。
(お疲れ様でした……)
自分と同じく、参加したくて参加したわけではないと思われる賢人を、柚子は心の中でねぎらった。「再び会うことはないでしょうが、とても格好いい人に出会えたことで、ほんの少しだけ、合コンの疲れはなくなりました。ありがとうございます」と、感謝も添えて。
そうして帰宅した柚子は、お風呂に入ってからぐったりとベッドに横になった。
◆◇◆◇◆
数日後、骨伝導イヤホンが一つ見当たらなくなってしまったので、柚子はバッグの中をひっくり返して捜していた。すると、はらり、とやや硬めの小さな紙が一枚、床に落ちたことに気が付いた。
(なんだろう……)
不思議に思った柚子がその紙を手に取ると、そこには「連絡してほしい」という一言と、電話番号が書かれていた。「連絡?」と思いながら柚子がその紙を裏返すと、そこには証券会社のロゴマークと社名、部署名、そして社員名がきっちりと印刷されていた。
(大熊……賢人……えっ?)
一瞬誰だろうか、と思ったが、すぐに思い出した。数日前の合コンで、誰よりも輝いていたイケメンの青年。目つきはやや冷たく鋭かったが、河合八重が熱を上げていたあの男性だ。
(大熊さんの名刺……連絡してほしいって……え、これ……誰宛?)
その時、柚子はとても純粋に、彼はこの名刺を渡す相手を間違えたのだと思った。運動神経も頭も顔も年収も優良な、パーフェクトなあの男性が、地味で平凡なただの女子大生の自分に「連絡してほしい」と思うなど、絶対にあり得ない。だから、この名刺は自分以外の誰かほかの女性参加者に渡そうとしたもの――そう信じて疑わなかった。
(どうしよう……間違ってると思うから……)
それから、柚子はまず一人で悩んだ。真帆を通して、合コンの幹事だった女性に連絡するべきか、それとも直接賢人に連絡するべきか。彼の手違いを、どうやって失礼のないように正せるだろうかと。
「えっ、ええ~?」
「お願い! 柚子しか頼める人がいないの! 今日はカテキョのバイト、ないでしょ?」
「ないけど……」
「じゃあ、お願い! ただの数合わせだから、のんびり相槌を打ってるだけでいいの! 柚子がいないと、あたし一人アウェイで心細いんだよ~」
「う……うん……わかった」
大学で一番親しくしている友人の大西真帆から必死に頼まれて、柚子は仕方なく頷いた。
(合コンなんて……行ったことないんだけどなあ)
大学三年生の指原柚子は、私立大学の文学部海外文学コースに通う学生だ。同じコースの真帆は、一年次の必修科目の講義で同じグループになった時に意気投合し、一緒に遊びに行くなどして、とても仲良くしてもらっている。
その真帆が必死に合コン参加を頼んでくるのには、わけがあった。
そもそもその合コンは、真帆が入っているワイン同好会というサークルの先輩のお姉さんが幹事を務めている。参加者はそのお姉さんと、お姉さんの職場の後輩、それにワイン同好会の四年生二人だったそうなのだが、その四年生が一人、前日になって参加できなくなってしまった。そこで真帆が呼ばれ、ピンチヒッターとして参加することになったという。
それだけなら柚子にはまったく関わりがない合コンなのだが、なんと当日の今日になって、もう一人の四年生も欠席になってしまったという。
そこで真帆は、柚子に泣き付いたのだ。ほかの参加者は全員社会人で、サークルの先輩がいないとなると、学生である自分一人が完全にアウェイになってしまう。だから、同じ大学生であり、一番の仲良しである柚子に一緒に行ってほしいと。
柚子としてはまったく気乗りはしなかったが、困っている友人を放ってはおけないと思い、たいそう気を重たくさせながらも真帆と二人、会場であるしゃれた居酒屋に向かった。
相手の男性たちどころか、女性側の二人の社会人メンバーとも「どうも、初めまして……」というよそよそしい距離感だったが、生真面目な柚子は誰に対しても一歩引いた丁寧な態度を心掛け、知らないなりに話を合わせ、時には広げ、相槌を打った。自分は出会いなど求めていないので、積極的に男性陣にアプローチをする社会人女性二人の邪魔を決してすることなく、聞き役に徹したり、空の皿やグラスを下げたりして、とにかく前に出ないように気を遣った。
相手の男性たちは、年齢は違うが同じ会社の先輩、後輩という四人で、その中に一人、芸能人になれそうなほど顔の整った男がいた。幹事でないほうの社会人女性――名を河合八重といった――が、終始その男性に熱い視線を送っていたので、柚子は彼女のアプローチの妨げにならないように、その男性のことはなるべく見ないようにしていた。
しかし、今日から一週間ぐらいは忘れられないだろうな、と思うほどにその男――大熊賢人はイケメンで、これまでに柚子が出会った男性の中で最もステータスの高い男性だった。
(こんなイケメンと知り合えるのなら、合コンしたがるのもわかる……かもしれない)
出会いを求めているわけではないが、へたな芸能人よりもオーラを放ち、洗練された雰囲気の賢人に柚子はひっそりと感動した。そして、こうした集まりを積極的にしたがる人の心情が少しだけ理解できた。
合コンは一次会で解散となり、柚子は真帆と一緒に電車に乗った。そして真帆と別れ、家に向かって歩きながら考える。
激しい気疲れはしたが、目の保養になるほどの素敵な人に会うことができた。ただ、賢人も決して乗り気で合コンに参加したわけではないのか、河合八重からの懸命のアピールをのらりくらりとかわしていた。もしかしたら、彼も柚子と同じように数合わせで呼ばれたか、先輩からの参加命令に逆らえなかったのかもしれない。合コンに参加しなければならないほど、女性との縁が薄い生活を送っている――なんてことはきっとないだろうし、きっと彼にとっては不本意な時間だったことだろう。
(お疲れ様でした……)
自分と同じく、参加したくて参加したわけではないと思われる賢人を、柚子は心の中でねぎらった。「再び会うことはないでしょうが、とても格好いい人に出会えたことで、ほんの少しだけ、合コンの疲れはなくなりました。ありがとうございます」と、感謝も添えて。
そうして帰宅した柚子は、お風呂に入ってからぐったりとベッドに横になった。
◆◇◆◇◆
数日後、骨伝導イヤホンが一つ見当たらなくなってしまったので、柚子はバッグの中をひっくり返して捜していた。すると、はらり、とやや硬めの小さな紙が一枚、床に落ちたことに気が付いた。
(なんだろう……)
不思議に思った柚子がその紙を手に取ると、そこには「連絡してほしい」という一言と、電話番号が書かれていた。「連絡?」と思いながら柚子がその紙を裏返すと、そこには証券会社のロゴマークと社名、部署名、そして社員名がきっちりと印刷されていた。
(大熊……賢人……えっ?)
一瞬誰だろうか、と思ったが、すぐに思い出した。数日前の合コンで、誰よりも輝いていたイケメンの青年。目つきはやや冷たく鋭かったが、河合八重が熱を上げていたあの男性だ。
(大熊さんの名刺……連絡してほしいって……え、これ……誰宛?)
その時、柚子はとても純粋に、彼はこの名刺を渡す相手を間違えたのだと思った。運動神経も頭も顔も年収も優良な、パーフェクトなあの男性が、地味で平凡なただの女子大生の自分に「連絡してほしい」と思うなど、絶対にあり得ない。だから、この名刺は自分以外の誰かほかの女性参加者に渡そうとしたもの――そう信じて疑わなかった。
(どうしよう……間違ってると思うから……)
それから、柚子はまず一人で悩んだ。真帆を通して、合コンの幹事だった女性に連絡するべきか、それとも直接賢人に連絡するべきか。彼の手違いを、どうやって失礼のないように正せるだろうかと。
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