本気のキスは甘くとろけて
しかし、一人で考えても答えが出なかったので、合コンの参加者でもある真帆に相談した。すると真帆は、柚子と違って一気にテンションを上げて、「違うよ、これ! ほかの誰かじゃなくて、柚子に渡したくて渡したんだよ!」と言って、頬を赤らめた。
そんなわけがない。きっと間違いだよ。だって、真帆も彼を見たでしょう。顔も学歴も、おそらく収入もとても良いあんな完璧な男性が、こんな平凡な年下の女子大生に粉をかける? そんな必要がある? 絶対にないよ。あの人、私みたいな凡人に手を出さないといけないほど、女性関係に困ってなんかいないって。
柚子はそう言って、「連絡しなよ!」とせっつく真帆に首を横に振り続けた。それでも真帆は、「だって、せっかくの縁なんだし……連絡しないのも、それはそれで失礼じゃない?」と言って、柚子の背中を押し続けた。
真帆のその言葉に、柚子は揺れた。
賢人は決して、自分に気があるわけではない。あんな完璧な社会人男性が、見た目も能力も性格も平凡な、こんな普通の女子大生と付き合いたいなどと、思うはずがない。百歩譲ってそうだとしても、一時の遊び相手として扱われるだけだろう。だから、甘い期待なんてしてはいけない。
けれども真帆の言うとおり、無視を決め込むというのは失礼な気がする。もしも名刺を渡す相手が間違っているのなら、きちんと対応すべきだとも思う。
(たぶん、間違い……間違いのはず……)
相談しておきながら真帆のアドバイスにはすぐに従えなかった柚子だが、どうにか時間をかけて自分を納得させ、奮い立たせると、賢人の電話番号宛にショートメッセージを送った。
その後は驚きの連続だった。名刺を渡したかった相手は間違っていないという返事だったし、おまけに今度二人で会えないかと、お誘いの言葉まで頂いてしまったのだ。
柚子は驚き、悩み、悩み、非常に悩んだ。どうして自分なんかに? 賢人は何を考えている? これは本当に、少し遊ぶだけの手頃な関係を築きたいだけなのでは? そう賢人を悪く思う気持ちも少しはあった。しかし柚子は、「一回ぐらいは会うのが礼儀かな……」と思い、賢人とのデートに向かった。
この国で最も権威のある大学を卒業し、大手の証券会社に務めて四年目という賢人は、知れば知るほど二次元の世界のヒーローか、と思う人物だった。
高校時代はサッカー部で、全国大会に出場したことがあるという。それなのに模試では常に成績上位で、予備校では一部費用免除の特別待遇を受けるほどだったらしい。プロになれるのでは、とも言われたそうだが、サッカーは高校限りですっぱりと辞め、今では普通のサラリーマンをしている。しかし、ぱっちりとした二重にしゅっとした鼻筋、スポーツをしていたのだと容易に想像できる首の太さと厚い胸板。女性ならば誰もが一瞬は見惚れるような容姿で、芸能界に興味はありませんかと、スカウトされたことがあるに違いない。「普通のサラリーマン」と言うにはできすぎていた。
柚子には三歳上の社会人の兄がいるが、兄こそ普通のサラリーマンだ。まだ学生気分が抜けていなくて、毎日疲れたと愚痴をこぼし、そのくせ学生時代よりも財布の中が潤っているので飲み会にはやたらと行って、早くもビール腹が育ちつつある。自分も平凡だが、兄も絵に描いたように平凡だ。
そんなごく普通の会社員の兄がいるからこそ、柚子は思う。
賢人のスペックは決して普通ではなく、高嶺の花と言っても過言ではない。対して自分は、不細工ではないと思うが飛び抜けてかわいいわけでもきれいなわけでもなく、あっと驚くような特技や能力があるわけでもない。キスの経験はあるし、大学生になってから一度だけ男の子と付き合ったこともあるが、性行為の経験はまだなく、垢抜けしきれていない。
そんな平々凡々すぎる小娘の自分のいったいどこに、賢人は興味を持ったのだろうか。それとも、平凡な小娘だから簡単に転がせると思ったのか。
たいそう疑問だったのだが、義理のつもりで賢人と二人きりで会ったその後も、柚子は賢人からデートに誘われ続けた。断りたいと思う明確な理由は特になく、柚子は戸惑いながらも何度か賢人と二人で出かけた。そしてある日、賢人から正式に交際を申し込まれた。
賢人は基本的に愛想がなくて、言動がクールすぎると思うところもあった。だが、言い換えれば常に冷静で、軽率さや放漫なところはない。何回か重ねたデートで、賢人に対して不満や嫌悪感を抱いたこともない。「好きだ」と思うには、まだ少し心が遠いところにある気がしていたが、彼から「付き合ってほしい」と言われて素直に「嬉しい」と思えたので、柚子は恐れ多くもその申し出を受けた。
賢人は人目を引く印象的な見た目と違って、芯から落ち着いていた。急に声を荒げたり激しく気分を変えたりすることはなく、メッセージアプリのやり取りでも、たまにする電話でも、いつも一定のテンションを保っていた。
そして大手の証券会社勤めだからなのか、賢人は常に仕事が忙しそうだった。残業は毎日のようにあるし、急な仕事で柚子とのデートをキャンセルすることもあった。取引先相手の希望であれば、キャバクラへ一緒に行くことも珍しくはないらしい。柚子に知るすべはないが、もしかしたら一人や二人、店外での付き合いのある顔馴染みのキャストもいるのかもしれない。
ハイスペックで、仕事のできるとても多忙な社会人の恋人。ただの大学生にすぎない自分には、正直もったいなさすぎる相手だ。
(私って……ただの遊び相手なのかな)
だから、柚子はつい何度も考えてしまう。
彼にとっての自分は、年下で言いなりにさせやすく、社会人よりも日々の時間に余裕のある学生だから、都合よく遊べる相手にすぎないのではないか。多忙な日々の合間にちょっと遊ぶ程度の、お手軽な相手でしかないのではないか。普段は充電器に差したまま放置しておいて、気が向いたときだけ手を伸ばすゲーム機のようなものだ、と。
賢人と付き合い始めてから数カ月が経つが、柚子は何度も何度も卑屈にそう考えた。
しかし、遊び相手にすぎないのではないかと考えると、一つだけ腑に落ちないことがある。それは、賢人がキス以上のことをしてこない、という点である。
そんなわけがない。きっと間違いだよ。だって、真帆も彼を見たでしょう。顔も学歴も、おそらく収入もとても良いあんな完璧な男性が、こんな平凡な年下の女子大生に粉をかける? そんな必要がある? 絶対にないよ。あの人、私みたいな凡人に手を出さないといけないほど、女性関係に困ってなんかいないって。
柚子はそう言って、「連絡しなよ!」とせっつく真帆に首を横に振り続けた。それでも真帆は、「だって、せっかくの縁なんだし……連絡しないのも、それはそれで失礼じゃない?」と言って、柚子の背中を押し続けた。
真帆のその言葉に、柚子は揺れた。
賢人は決して、自分に気があるわけではない。あんな完璧な社会人男性が、見た目も能力も性格も平凡な、こんな普通の女子大生と付き合いたいなどと、思うはずがない。百歩譲ってそうだとしても、一時の遊び相手として扱われるだけだろう。だから、甘い期待なんてしてはいけない。
けれども真帆の言うとおり、無視を決め込むというのは失礼な気がする。もしも名刺を渡す相手が間違っているのなら、きちんと対応すべきだとも思う。
(たぶん、間違い……間違いのはず……)
相談しておきながら真帆のアドバイスにはすぐに従えなかった柚子だが、どうにか時間をかけて自分を納得させ、奮い立たせると、賢人の電話番号宛にショートメッセージを送った。
その後は驚きの連続だった。名刺を渡したかった相手は間違っていないという返事だったし、おまけに今度二人で会えないかと、お誘いの言葉まで頂いてしまったのだ。
柚子は驚き、悩み、悩み、非常に悩んだ。どうして自分なんかに? 賢人は何を考えている? これは本当に、少し遊ぶだけの手頃な関係を築きたいだけなのでは? そう賢人を悪く思う気持ちも少しはあった。しかし柚子は、「一回ぐらいは会うのが礼儀かな……」と思い、賢人とのデートに向かった。
この国で最も権威のある大学を卒業し、大手の証券会社に務めて四年目という賢人は、知れば知るほど二次元の世界のヒーローか、と思う人物だった。
高校時代はサッカー部で、全国大会に出場したことがあるという。それなのに模試では常に成績上位で、予備校では一部費用免除の特別待遇を受けるほどだったらしい。プロになれるのでは、とも言われたそうだが、サッカーは高校限りですっぱりと辞め、今では普通のサラリーマンをしている。しかし、ぱっちりとした二重にしゅっとした鼻筋、スポーツをしていたのだと容易に想像できる首の太さと厚い胸板。女性ならば誰もが一瞬は見惚れるような容姿で、芸能界に興味はありませんかと、スカウトされたことがあるに違いない。「普通のサラリーマン」と言うにはできすぎていた。
柚子には三歳上の社会人の兄がいるが、兄こそ普通のサラリーマンだ。まだ学生気分が抜けていなくて、毎日疲れたと愚痴をこぼし、そのくせ学生時代よりも財布の中が潤っているので飲み会にはやたらと行って、早くもビール腹が育ちつつある。自分も平凡だが、兄も絵に描いたように平凡だ。
そんなごく普通の会社員の兄がいるからこそ、柚子は思う。
賢人のスペックは決して普通ではなく、高嶺の花と言っても過言ではない。対して自分は、不細工ではないと思うが飛び抜けてかわいいわけでもきれいなわけでもなく、あっと驚くような特技や能力があるわけでもない。キスの経験はあるし、大学生になってから一度だけ男の子と付き合ったこともあるが、性行為の経験はまだなく、垢抜けしきれていない。
そんな平々凡々すぎる小娘の自分のいったいどこに、賢人は興味を持ったのだろうか。それとも、平凡な小娘だから簡単に転がせると思ったのか。
たいそう疑問だったのだが、義理のつもりで賢人と二人きりで会ったその後も、柚子は賢人からデートに誘われ続けた。断りたいと思う明確な理由は特になく、柚子は戸惑いながらも何度か賢人と二人で出かけた。そしてある日、賢人から正式に交際を申し込まれた。
賢人は基本的に愛想がなくて、言動がクールすぎると思うところもあった。だが、言い換えれば常に冷静で、軽率さや放漫なところはない。何回か重ねたデートで、賢人に対して不満や嫌悪感を抱いたこともない。「好きだ」と思うには、まだ少し心が遠いところにある気がしていたが、彼から「付き合ってほしい」と言われて素直に「嬉しい」と思えたので、柚子は恐れ多くもその申し出を受けた。
賢人は人目を引く印象的な見た目と違って、芯から落ち着いていた。急に声を荒げたり激しく気分を変えたりすることはなく、メッセージアプリのやり取りでも、たまにする電話でも、いつも一定のテンションを保っていた。
そして大手の証券会社勤めだからなのか、賢人は常に仕事が忙しそうだった。残業は毎日のようにあるし、急な仕事で柚子とのデートをキャンセルすることもあった。取引先相手の希望であれば、キャバクラへ一緒に行くことも珍しくはないらしい。柚子に知るすべはないが、もしかしたら一人や二人、店外での付き合いのある顔馴染みのキャストもいるのかもしれない。
ハイスペックで、仕事のできるとても多忙な社会人の恋人。ただの大学生にすぎない自分には、正直もったいなさすぎる相手だ。
(私って……ただの遊び相手なのかな)
だから、柚子はつい何度も考えてしまう。
彼にとっての自分は、年下で言いなりにさせやすく、社会人よりも日々の時間に余裕のある学生だから、都合よく遊べる相手にすぎないのではないか。多忙な日々の合間にちょっと遊ぶ程度の、お手軽な相手でしかないのではないか。普段は充電器に差したまま放置しておいて、気が向いたときだけ手を伸ばすゲーム機のようなものだ、と。
賢人と付き合い始めてから数カ月が経つが、柚子は何度も何度も卑屈にそう考えた。
しかし、遊び相手にすぎないのではないかと考えると、一つだけ腑に落ちないことがある。それは、賢人がキス以上のことをしてこない、という点である。