身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜
10 蜂蜜はたっぷりでいいですか?(1)
庭園からお屋敷の裏手へ回ってみると、裏庭の入口に続いていた。今は使われていない古びたアーチ状の支柱をくぐると、正面の庭園とは雰囲気が一転した。
一面の芝は刈られてはいるが、手の込んだ花壇ではなく、あちらこちらに白やピンクのマーガレットが自由に咲いている。
ポツンと置かれた木製のガーデンテーブルやチェアは、黒く変色していて、もう随分と使われていないようだ。
「ここはあまり使ってないのかな?」
『そうみたいね』
辺りを見回していると、スラリと伸びた大きな木が目に入った。
「あの木は何の木なの?」
指差すと、ベアちゃんもそちらに目を向ける。
『あぁ、あれはリンデンですわね』
「リンデン?」
『リンデンは、夫婦愛の象徴とされていて、お庭に植える家が多いのですわ』
「へぇ、夫婦愛……」
私は木に近づき、風に揺れるハート形の葉を見上げる。すると、ふわりとよく知る爽やかな香りが鼻を掠めた。
「あれ? この香り知ってる……。何だっけ?」
私は香りの元を辿るが、分からなかった。
『どうしましたの? クンクンとして、まるで犬のようですわよ』
「犬……。ん〜、なんか嗅いだことのある匂いがするの。スッとして爽やかで、草かな? ハーブ?」
匂いに気を取られて、足元の草を踏みつけてしまうと、強烈な香りに包まれた。
「あ! この匂い、ミントだわ!」
足元の植物の葉をむしって、鼻に近づける。このスッと鼻を抜ける清涼感は、たしかにミントで間違いない。
「すぅ、はぁ〜、すぅ、はぁ〜。いい匂い〜っ」
思いっきり香りを吸い込んでいると、ベアちゃんの顔が引きつる。
『ちょっと、やめなさい。はしたないですわよ!』
「ヘヘっ、はーい。これ、採って持っていってもいいかな?」
『いいんじゃない? ただの雑草でしょ』
「じゃあ、ちょっと採っていこう」
私はミントの葉を両手いっぱいに採って、裏庭を後にした。
一階の廊下を歩いていると、調理場の方から歩いてきたマークさんと鉢合わせる。
「あ、奥様! 大丈夫でしたか? 先程は申し訳ありませんでした!」
マークさんが深々と頭を下げた。
「え!? マークさん!? いったい何のことでしょうか?」
驚いていると、彼は悲痛な表情を浮かべる。
「……旦那様への差し入れのことです。奥様が差し入れなさると聞いて、気合が入り過ぎたようで、旦那様には重すぎる食事だったかもしれません……」
アルフレッド様が拒絶したことを、セドリックさんから聞いたのだろう。私の勝手な思いつきに巻き込んでしまったのだから、私の方が申し訳なく思う。
「いいえ、私の方がいけないんです。マークさんを巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「奥様……。……ん? 手に持っていらっしゃるのはミントですか?」
マークさんは私が両手に持っていたミントに気付く。
「そうです。裏庭で採ってきたんですよ。いい匂いなので、部屋に持って行こうかなと思って」
私の言葉を聞いて、マークさんは少し考える仕草を見せた後、パンッと手を叩いた。
「あっ! それ、少々使っても大丈夫ですかね?」
「え? はい、大丈夫ですが……」
「奥様、ミントティーなど、いかがですか?」
ミントティーを運ぶので部屋で待っていてと言われたが、見学させてもらうために調理場について行った。
ポットに千切ったミントをいれ、お湯を注ぐと、辺り一面にミントの清々しい香りが立ち込める。
お湯を入れると、より一層香りが濃くなった。
「うわぁ、いい匂い!」
「そうでしょう? これで五分ほど蒸らしますよ。しばしお待ちください」
「はい!」
マークさんは砂時計をひっくり返す。私はその砂が落ちていくのを、今か今かと待ちわびる。
……そして、砂時計の砂が落ち切った。
マークさんが白い磁器のカップに、ミントティーを注ぎ入れてくれる。澄んだ若草色が綺麗だった。
「奥様、どうぞ。お熱いので気をつけて」
差し出されたカップを受け取り、ふぅと息を吹きかけ、ゆっくり口をつける。
ミントティーを口に含むと、口から鼻へ爽やかな風が吹き抜けていくかのようだった。
「おいしい! すごくおいしいです!」
少々癖はあるかもしれないが、心が満たされるような、とても好きな味だった。
「これはこれは、……懐かしい香りですね」
セドリックさんがミントの香りに誘われたのか、調理場を覗き込んでいた。
彼にも差し入れのことでご迷惑を掛けたので、謝らないといけない。私はカップを置くと、セドリックさんの元へ向かう。
「セドリックさん、先程は申し訳ございませんでした。私の勝手な思いつきで、ご迷惑をおかけしてしまいました。アルフレッド様にも……本当にごめんなさい……」
私は深く反省して頭を下げると、頭上から静かな声がした。
「……奥様、頭をお上げください。そのお気持ち嬉しく思います」
顔を上げると、セドリックさんが優しく微笑んでいた。いつも少し探るような瞳とは違う。
「私の方も謝らないとなりませんね。奥様が旦那様に差し入れをなさるとお聞きした時、きっとただの暇つぶしのようなものだと考えていたのです」
「……セドリックさん……」
「しかし貴女は反省し、私たちに謝罪までした。……貴女を見誤っていたこと、深くお詫び申し上げます」
セドリックさんは綺麗な所作で、私に頭を下げる。
私は驚いてしまい、両手をぶんぶんと振った。
「いえ、いえ。私も全然考えなしに行動してしまって……っ。……アルフレッド様にも謝りたいですけど、きっと私の顔なんて見たくないですよね……」
しょんぼりと肩をすくめていると、セドリックさんが顎に手を当て考える仕草を見せる。
「……奥様……、私に考えがございます」
「……え?」
一面の芝は刈られてはいるが、手の込んだ花壇ではなく、あちらこちらに白やピンクのマーガレットが自由に咲いている。
ポツンと置かれた木製のガーデンテーブルやチェアは、黒く変色していて、もう随分と使われていないようだ。
「ここはあまり使ってないのかな?」
『そうみたいね』
辺りを見回していると、スラリと伸びた大きな木が目に入った。
「あの木は何の木なの?」
指差すと、ベアちゃんもそちらに目を向ける。
『あぁ、あれはリンデンですわね』
「リンデン?」
『リンデンは、夫婦愛の象徴とされていて、お庭に植える家が多いのですわ』
「へぇ、夫婦愛……」
私は木に近づき、風に揺れるハート形の葉を見上げる。すると、ふわりとよく知る爽やかな香りが鼻を掠めた。
「あれ? この香り知ってる……。何だっけ?」
私は香りの元を辿るが、分からなかった。
『どうしましたの? クンクンとして、まるで犬のようですわよ』
「犬……。ん〜、なんか嗅いだことのある匂いがするの。スッとして爽やかで、草かな? ハーブ?」
匂いに気を取られて、足元の草を踏みつけてしまうと、強烈な香りに包まれた。
「あ! この匂い、ミントだわ!」
足元の植物の葉をむしって、鼻に近づける。このスッと鼻を抜ける清涼感は、たしかにミントで間違いない。
「すぅ、はぁ〜、すぅ、はぁ〜。いい匂い〜っ」
思いっきり香りを吸い込んでいると、ベアちゃんの顔が引きつる。
『ちょっと、やめなさい。はしたないですわよ!』
「ヘヘっ、はーい。これ、採って持っていってもいいかな?」
『いいんじゃない? ただの雑草でしょ』
「じゃあ、ちょっと採っていこう」
私はミントの葉を両手いっぱいに採って、裏庭を後にした。
一階の廊下を歩いていると、調理場の方から歩いてきたマークさんと鉢合わせる。
「あ、奥様! 大丈夫でしたか? 先程は申し訳ありませんでした!」
マークさんが深々と頭を下げた。
「え!? マークさん!? いったい何のことでしょうか?」
驚いていると、彼は悲痛な表情を浮かべる。
「……旦那様への差し入れのことです。奥様が差し入れなさると聞いて、気合が入り過ぎたようで、旦那様には重すぎる食事だったかもしれません……」
アルフレッド様が拒絶したことを、セドリックさんから聞いたのだろう。私の勝手な思いつきに巻き込んでしまったのだから、私の方が申し訳なく思う。
「いいえ、私の方がいけないんです。マークさんを巻き込んでしまって、ごめんなさい……」
「奥様……。……ん? 手に持っていらっしゃるのはミントですか?」
マークさんは私が両手に持っていたミントに気付く。
「そうです。裏庭で採ってきたんですよ。いい匂いなので、部屋に持って行こうかなと思って」
私の言葉を聞いて、マークさんは少し考える仕草を見せた後、パンッと手を叩いた。
「あっ! それ、少々使っても大丈夫ですかね?」
「え? はい、大丈夫ですが……」
「奥様、ミントティーなど、いかがですか?」
ミントティーを運ぶので部屋で待っていてと言われたが、見学させてもらうために調理場について行った。
ポットに千切ったミントをいれ、お湯を注ぐと、辺り一面にミントの清々しい香りが立ち込める。
お湯を入れると、より一層香りが濃くなった。
「うわぁ、いい匂い!」
「そうでしょう? これで五分ほど蒸らしますよ。しばしお待ちください」
「はい!」
マークさんは砂時計をひっくり返す。私はその砂が落ちていくのを、今か今かと待ちわびる。
……そして、砂時計の砂が落ち切った。
マークさんが白い磁器のカップに、ミントティーを注ぎ入れてくれる。澄んだ若草色が綺麗だった。
「奥様、どうぞ。お熱いので気をつけて」
差し出されたカップを受け取り、ふぅと息を吹きかけ、ゆっくり口をつける。
ミントティーを口に含むと、口から鼻へ爽やかな風が吹き抜けていくかのようだった。
「おいしい! すごくおいしいです!」
少々癖はあるかもしれないが、心が満たされるような、とても好きな味だった。
「これはこれは、……懐かしい香りですね」
セドリックさんがミントの香りに誘われたのか、調理場を覗き込んでいた。
彼にも差し入れのことでご迷惑を掛けたので、謝らないといけない。私はカップを置くと、セドリックさんの元へ向かう。
「セドリックさん、先程は申し訳ございませんでした。私の勝手な思いつきで、ご迷惑をおかけしてしまいました。アルフレッド様にも……本当にごめんなさい……」
私は深く反省して頭を下げると、頭上から静かな声がした。
「……奥様、頭をお上げください。そのお気持ち嬉しく思います」
顔を上げると、セドリックさんが優しく微笑んでいた。いつも少し探るような瞳とは違う。
「私の方も謝らないとなりませんね。奥様が旦那様に差し入れをなさるとお聞きした時、きっとただの暇つぶしのようなものだと考えていたのです」
「……セドリックさん……」
「しかし貴女は反省し、私たちに謝罪までした。……貴女を見誤っていたこと、深くお詫び申し上げます」
セドリックさんは綺麗な所作で、私に頭を下げる。
私は驚いてしまい、両手をぶんぶんと振った。
「いえ、いえ。私も全然考えなしに行動してしまって……っ。……アルフレッド様にも謝りたいですけど、きっと私の顔なんて見たくないですよね……」
しょんぼりと肩をすくめていると、セドリックさんが顎に手を当て考える仕草を見せる。
「……奥様……、私に考えがございます」
「……え?」