身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜

32 さよならは、言いません

「え〜〜!? 幽霊としてベアトリスさんに憑きたい!? そんなことはできかねます!」

 私のお願いに、受付の男性は大きく声を上げて、激しく首を横に振る。
 他の窓口の人たちがこちらに注目しているが、気にせずに私は食い下がった。

「そこを何とかなりませんか? もう一度あの世界に行かせてください!」

 肉体の無い私が、もう一度あの世界に行くには幽霊としてしかできない。もしかしたら、ベアちゃんなら私の姿が見えるかもしれない。
 まだ不思議と、ベアちゃんと繋がっているような気がしている。

「いや、しかしねぇ……、う〜ん」
 男性は腕を組み、唸る。

「少しだけでいいんです……。大事な人たちに、もう一度だけ……会いたいんです……」

「幽霊の姿で行ったとしても、誰にも気付いてもらえませんよ? ……悲しい思いをするだけです」
 金色の瞳がこちらを諭すように注がれる。

「……はい。それでも、私はアルフレッド様と、ベアちゃんにお礼を言いたいんです……」

 きっと無理だと、何もしないうちから諦めたくない。
 みっともなくても、最後まで足掻きたい。
 それは二人に出会って初めて知った感情だ。

「お話中、失礼します」
 カウンターの奥から来た人が書類を差し出したのを、男性が受け取り目を通す。そして、呆れたように溜息を漏らした。
 
「はぁ……またですか、仕方のない人ですね……。お迎えですよ」
 
「え?」
 何のことだか分からず聞き返そうとした、その時――。

 バァン!!
 大きな音を立て、扉が開かれた。

「スミレ! 迎えに来ましたわよ!!」
 長い赤い髪をなびかせ、颯爽とベアちゃんが現れる。

「ベ、ベアちゃん!?」
 私は口をあんぐりと開けたまま、動けなくなってしまう。

「ふふっ、相変わらず、ぼけてますわね、スミレ」
 ベアちゃんは美しい顔で強気に微笑む。

「だ、だだだって……っ、なななんっで?」

「そんなの、バルコニーから飛び降りたに決まっていますわ!」
 そう得意げに言い、肩の髪をばさぁっと払う。

「えーっ!?」

(またバルコニーから飛び降りたって、どうしてそんなことをっ!?)

 私が驚いて言葉を失っていると、ベアちゃんはこちらへ優雅に近づいてくる。

「……私、もうあの世界に思い残すことはありませんのよ。マリアンヌ様への気持ちも、不思議と断ち切れましたの」
 そして私の手を取り、真剣な表情でこちらを見つめる。

「スミレに私の身体を譲りますわ」

(え? 身体を譲る――!?)
 
「ベアちゃん!? それは……っ」

 私は首を横に振った。私に身体を譲るというのは、つまりベアちゃんが消えることを意味する。

「……スミレ、前に話したでしょう? 私は生まれ変わりたいのですわ。今世では叶わなかったことを、来世では叶えますのよ。……好きな方達に囲まれ、好きな方と結ばれる人生を、今度こそ送るのですわ!」

 ベアちゃんの瞳からは強い意志を感じる。

「ベアちゃん……」

「そういえばあなた、私に身体を返すつもりで、体調不良になってましたのね?」
「えっ? なにそれ?」
 たしかに、最近立ちくらみのような症状が続いていた。

「あなたに近づいたとき、不思議に思ったのですわよ。身体と、スミレの魂の結び付きが弱まっていたのですから。だから、私が簡単に身体に入れたのですわ」

「そうだったんだ……」

「スミレはもっと我儘になってもいいんですのよ!」
 私の手を握る手に力が込められる。

「ベアちゃん……」

 ベアちゃんの瞳が真っ直ぐにこちらに注がれる。深い青紫色に吸い込まれそうだ。

「正直に言いなさい! スミレはどうしたいんですの!?」

「え……っ、その……」
 ベアちゃんに問いただされ、言い淀む。

「ほら、スミレ!!」

 私の視界が段々とぼやけ、涙が零れ落ちる。

「……うっ、ベ……アちゃん……っ、わ……たし……っ」

「大丈夫ですわ。誰も責めないですから」
 ベアちゃんが優しく私の頭を撫でる。

「わ、たしは……、……生きたい……、でも、ベアちゃんも大事……だから……っ、ぐすっ」
 
 ベアちゃんは私の頭をポンポンと叩きながら、ぎゅっと肩を抱きしめた。

「分かってますわよ。私もスミレが大事ですわ。……だから、あなたに貰ってほしいのですわよ、……私のこれからの人生を」

 ベアちゃんは私の手を掴むと、扉のほうへ歩き出す。

「え……っ、ベアちゃん?」
 私は扉の外へ連れ出される。

「ヘタレ眼鏡には全部話しましたわ。あいつが泣いて待ってますわよ」
「え? アルフレッド様が泣いてる!?」

 驚いて声を上げると、ベアちゃんは可笑しそうに笑う。

「ふふっ、あいつと幸せにね。さよならは言いませんわ、スミレ」

 そう言ったベアちゃんは手を離し、ドンッと思いっきり私の身体を押す。
 突き飛ばされると、私は白い靄の中に落ちていく。

「えぇぇぇぇっ!?」

 遠ざかるベアちゃんの口がゆっくりと動いて、何かを伝えているように見えた。

 “ま”
 “た”
 “ね”

(またね……?)

 そうして、手を振る彼女の姿は白い靄に溶けていった。
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