身代わり結婚のはずが、冷徹眼鏡公爵様に溺愛される〜元新婦に身体を押し売りされて、幽霊として憑かれているのですが!?〜
33 ずっと、愛しています
背中に温もりを感じる。
懐かしい花の香りが鼻孔をかすめて、重い瞼をゆっくりと開いた。
目の前に飛び込んできたのは、月明かりに照らされ、こちらを覗き込むアルフレッド様の顔だった。
「……大丈夫か……?」
彼は私を片腕で支えたまま気遣わしげな視線を向け、握っていた手をそっと離す。
オレンジ色の外灯に照らされたお屋敷に、広い庭園。少し離れていただけなのに、とても懐かしく感じる。
(……戻って来たんだ……、この世界に……)
段々と実感が湧き、私の視界は涙で歪む。
「あ……アルフレッド……さま……」
私が掠れた声で呟くと、アルフレッド様の瞳が開かれる。
「……君は……スミレ……か……?」
躊躇いがちに、私の名前を呼ぶ。
「……はい……」
私がゆっくりと頷くと、アルフレッド様の腕の中に引き寄せられる。
「……会いたかった……っ」
私を抱きしめる腕に力が込められた。
「……っ、は……い、私も……です……」
私の瞳から止めどなく涙が零れ落ちる。
「でもっ、ベ、ベアちゃんが……っ、ベアちゃんがっ、うっ」
アルフレッド様の胸に顔をうずめ泣き崩れると、落ち着くまで、大きな手で優しく私の頭を撫でてくれた。
「……ベアトリスは、きっと君だから、全てを託したんだ」
顔を上げると、アルフレッド様は私の頬をつたう涙を拭う。
「君が幸せで生きることを、願っているはずだ」
――あいつと幸せにね。さよならは言いませんわ、スミレ。
ベアちゃんの言葉が頭をよぎった。
私も、さよならは言わない。ベアちゃんは、ここにいる。私と共に、これからも生きていくんだ。
「……はい」
ふとアルフレッド様の顔を見上げると、外灯に照らされた瞳が潤んでいることに気づく。
ベアちゃんが、アルフレッド様が泣いて待ってると言っていたけど。
(……本当に、私を泣いて待っていてくれたの……?)
きゅっと胸が締め付けられて、私はこの思いを伝えずにはいられなくなった。
ずっと、言えなかった。でも、ずっと言いたかったことだ。
「わ……私……、す……好きです。アルフレッド様が、好き……です」
彼は私の言葉に息を呑み、驚いたように目を見開いた。
しばらく見つめ合っていると、アルフレッド様は顔を歪める。
「……俺もだ、俺も君が好きだ。……ありがとう」
そう言って、再び私をきつく抱きしめた。私も応えるように背中に手を回す。
そして温もりに包まれながら、アルフレッド様の鼓動を聞いていた。
「……スミレ」
耳元で囁かれて、私は我に返る。
感極まっていたとはいえ、こんなにも大胆に抱きついてしまうとは。
今になって恥ずかしくなり、私は身体を離した。
「あ……っ、そのっ」
私が顔を伏せながら、地面に生えている芝生をむしっていると、
「……ふっ、くくっ」
急に笑い声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
アルフレッド様は口元を押さえながら、柔らかな表情で笑っていた。
「え? どうしたんですか?」
「……いや、違うもんだな」
「違う?」
「あぁ……その仕草も、言葉遣いも、俺に向ける眼差しも、君の全てが愛しくて堪らないよ、スミレ」
「……へ!?」
全身の熱が一気に上がり、ぱくぱくと口を鯉のように開けることしかできない。
「ほら、……おいで」
両腕を広げたアルフレッド様は、月光に照らされてどこか妖しげな雰囲気だ。
「え……っ!? いえ……、それは……」
「何だ?」
スッと冷ややかに細められる瞳に、ゾクッと背筋が凍る。
怖いような、どこか期待するような、そんな感情が込み上がる。
私がそろそろとアルフレッド様の腕の中に収まると、熱い吐息が耳を掠めた。
「……スミレ」
アルフレッド様は長い指先で眼鏡を外す。
遮るものが無くなった、その熱を帯びたアイスブルーの瞳に囚われてしまう。
「……スミレ、愛している。もう離さない」
囁きと共にアルフレッド様の瞳が近づいて、私はそっと目を閉じた。
――それから数年後。
私たちは春の庭園を散歩していた。
「ちょっ……、やめなさい……っ、アレク!」
アルフレッド様に抱っこされた息子のアレクが、眼鏡を楽しそうに振り回していた。
なぜか眼鏡が大好きで、アルフレッド様に抱っこされるたび、眼鏡を奪って遊んでいる。
アルフレッド様と同じ黒髪に、私と同じ青紫色の瞳のアレクは一歳を迎えた。
「そういえばスミレ。昨日、王宮に行ったのだろう?」
「はい、マリアンヌ様に会いに行きました」
マリアンヌ様は、私を友人として接してくださっている。今、彼女は身重だが、私がたまに王宮へ話し相手として伺うことは許されていた。
「マリアンヌ様のお子様が、うちのアレクと仲良くしてくだされば嬉しいんですが。年も近いですし」
「……あぁ、そうだな」
眼鏡を外されたアルフレッド様は、どこか頼りなさげに目を細めて微笑む。
「ふふっ、アルフレッド様、見えます? アレク、ダメだよ〜、パパに返してあげて?」
私が眼鏡を取り上げようとすると、アレクは首を振った。
「やっ、やぁっ」
「アレク!」
「いや、大丈夫だ。見えないこともない」
アルフレッド様は息子に激甘パパになっていた。
それでもう何本も眼鏡を壊されている。
そんな二人の姿を見つめながら、私は幸せを噛み締めていた。隣には愛する人と、愛しい息子。
恋をして、結婚をする。
そんな日常が私に訪れるなんて、病室にいた頃には夢にも思わなかった。
私の視線に気づいたアルフレッド様が、こちらを向いた。
「どうした?」
「……あ、いえ、ただ幸せだと、そう思ってたんです……」
私の口から素直に零れた言葉を聞いたアルフレッド様が、僅かに目を見張る。
そして、柔らかく微笑んだ。
「……俺もだ。俺も……幸せだ」
私たちが微笑み合っていると、アレクが突然何かが気になったらしく、手を振り回す。
「あっ、あうっ」
「え? なぁに? あっち?」
アレクは庭園に咲いてるバイオレットが気になるようだ。
私たちはバイオレットの方まで行き、アルフレッド様はアレクを腕から下ろした。
アレクはバイオレットを見つめ、突っ立ったまま黙り込んでしまった。
「……どうしたんでしょう?」
アルフレッド様と顔を見合わせる。
私はしゃがみ込み、アレクの顔を覗き込んだ。
「アレク?」
アレクはバイオレットの方を、一生懸命に指差している。
「……まっ、マッマ。……っ、……す」
「……す?」
「……ス……ミレ……」
(…………え? 今、花を見てスミレ……って?)
アレクから発せられた言葉に息を呑んだ。
「アレク? 今、なんて……?」
私はアレクの小さな肩を両手で包み込み、正面から問いかける。
「おい、どうしたんだ?」
アルフレッド様が私の態度に慌てたように近づく。
「……今、スミレって。バイオレットを見て、たしかにスミレって」
「え? バイオレット? どういうことだ」
私の頭に、ある日の会話が思い出される。
――スミレ……? バイオレットのこと?
――そうなの。私の生まれた国では、この花のことをスミレって呼んでるんだよ。私と同じ名前なの。
(……そうだよ、ベアちゃんとの会話。バイオレットのことをスミレと知ってるのは、彼女しかいないの……っ)
アレクはさっき自分で言った言葉を、覚えていないようだった。
泣きそうになっている私の顔を、くりくりの青紫の瞳で不思議そうに見つめている。
「うー? マンマ?」
『……好きな方達に囲まれ、好きな方と結ばれる人生を、今度こそ送るのですわ!』
それはベアちゃんの言葉だ。
(ここに帰ってきてくれたのね、ありがとう、ベアちゃん。……私も大好きだよ)
私はキョトンとしている愛しい我が子を、ぎゅっと抱きしめた。
「……おかえり、ベアちゃん」
――そして、息子アレクが、マリアンヌ様の娘である王女殿下に一目惚れしたというのは、そう遠くない未来のお話。
懐かしい花の香りが鼻孔をかすめて、重い瞼をゆっくりと開いた。
目の前に飛び込んできたのは、月明かりに照らされ、こちらを覗き込むアルフレッド様の顔だった。
「……大丈夫か……?」
彼は私を片腕で支えたまま気遣わしげな視線を向け、握っていた手をそっと離す。
オレンジ色の外灯に照らされたお屋敷に、広い庭園。少し離れていただけなのに、とても懐かしく感じる。
(……戻って来たんだ……、この世界に……)
段々と実感が湧き、私の視界は涙で歪む。
「あ……アルフレッド……さま……」
私が掠れた声で呟くと、アルフレッド様の瞳が開かれる。
「……君は……スミレ……か……?」
躊躇いがちに、私の名前を呼ぶ。
「……はい……」
私がゆっくりと頷くと、アルフレッド様の腕の中に引き寄せられる。
「……会いたかった……っ」
私を抱きしめる腕に力が込められた。
「……っ、は……い、私も……です……」
私の瞳から止めどなく涙が零れ落ちる。
「でもっ、ベ、ベアちゃんが……っ、ベアちゃんがっ、うっ」
アルフレッド様の胸に顔をうずめ泣き崩れると、落ち着くまで、大きな手で優しく私の頭を撫でてくれた。
「……ベアトリスは、きっと君だから、全てを託したんだ」
顔を上げると、アルフレッド様は私の頬をつたう涙を拭う。
「君が幸せで生きることを、願っているはずだ」
――あいつと幸せにね。さよならは言いませんわ、スミレ。
ベアちゃんの言葉が頭をよぎった。
私も、さよならは言わない。ベアちゃんは、ここにいる。私と共に、これからも生きていくんだ。
「……はい」
ふとアルフレッド様の顔を見上げると、外灯に照らされた瞳が潤んでいることに気づく。
ベアちゃんが、アルフレッド様が泣いて待ってると言っていたけど。
(……本当に、私を泣いて待っていてくれたの……?)
きゅっと胸が締め付けられて、私はこの思いを伝えずにはいられなくなった。
ずっと、言えなかった。でも、ずっと言いたかったことだ。
「わ……私……、す……好きです。アルフレッド様が、好き……です」
彼は私の言葉に息を呑み、驚いたように目を見開いた。
しばらく見つめ合っていると、アルフレッド様は顔を歪める。
「……俺もだ、俺も君が好きだ。……ありがとう」
そう言って、再び私をきつく抱きしめた。私も応えるように背中に手を回す。
そして温もりに包まれながら、アルフレッド様の鼓動を聞いていた。
「……スミレ」
耳元で囁かれて、私は我に返る。
感極まっていたとはいえ、こんなにも大胆に抱きついてしまうとは。
今になって恥ずかしくなり、私は身体を離した。
「あ……っ、そのっ」
私が顔を伏せながら、地面に生えている芝生をむしっていると、
「……ふっ、くくっ」
急に笑い声が聞こえ、驚いて顔を上げる。
アルフレッド様は口元を押さえながら、柔らかな表情で笑っていた。
「え? どうしたんですか?」
「……いや、違うもんだな」
「違う?」
「あぁ……その仕草も、言葉遣いも、俺に向ける眼差しも、君の全てが愛しくて堪らないよ、スミレ」
「……へ!?」
全身の熱が一気に上がり、ぱくぱくと口を鯉のように開けることしかできない。
「ほら、……おいで」
両腕を広げたアルフレッド様は、月光に照らされてどこか妖しげな雰囲気だ。
「え……っ!? いえ……、それは……」
「何だ?」
スッと冷ややかに細められる瞳に、ゾクッと背筋が凍る。
怖いような、どこか期待するような、そんな感情が込み上がる。
私がそろそろとアルフレッド様の腕の中に収まると、熱い吐息が耳を掠めた。
「……スミレ」
アルフレッド様は長い指先で眼鏡を外す。
遮るものが無くなった、その熱を帯びたアイスブルーの瞳に囚われてしまう。
「……スミレ、愛している。もう離さない」
囁きと共にアルフレッド様の瞳が近づいて、私はそっと目を閉じた。
――それから数年後。
私たちは春の庭園を散歩していた。
「ちょっ……、やめなさい……っ、アレク!」
アルフレッド様に抱っこされた息子のアレクが、眼鏡を楽しそうに振り回していた。
なぜか眼鏡が大好きで、アルフレッド様に抱っこされるたび、眼鏡を奪って遊んでいる。
アルフレッド様と同じ黒髪に、私と同じ青紫色の瞳のアレクは一歳を迎えた。
「そういえばスミレ。昨日、王宮に行ったのだろう?」
「はい、マリアンヌ様に会いに行きました」
マリアンヌ様は、私を友人として接してくださっている。今、彼女は身重だが、私がたまに王宮へ話し相手として伺うことは許されていた。
「マリアンヌ様のお子様が、うちのアレクと仲良くしてくだされば嬉しいんですが。年も近いですし」
「……あぁ、そうだな」
眼鏡を外されたアルフレッド様は、どこか頼りなさげに目を細めて微笑む。
「ふふっ、アルフレッド様、見えます? アレク、ダメだよ〜、パパに返してあげて?」
私が眼鏡を取り上げようとすると、アレクは首を振った。
「やっ、やぁっ」
「アレク!」
「いや、大丈夫だ。見えないこともない」
アルフレッド様は息子に激甘パパになっていた。
それでもう何本も眼鏡を壊されている。
そんな二人の姿を見つめながら、私は幸せを噛み締めていた。隣には愛する人と、愛しい息子。
恋をして、結婚をする。
そんな日常が私に訪れるなんて、病室にいた頃には夢にも思わなかった。
私の視線に気づいたアルフレッド様が、こちらを向いた。
「どうした?」
「……あ、いえ、ただ幸せだと、そう思ってたんです……」
私の口から素直に零れた言葉を聞いたアルフレッド様が、僅かに目を見張る。
そして、柔らかく微笑んだ。
「……俺もだ。俺も……幸せだ」
私たちが微笑み合っていると、アレクが突然何かが気になったらしく、手を振り回す。
「あっ、あうっ」
「え? なぁに? あっち?」
アレクは庭園に咲いてるバイオレットが気になるようだ。
私たちはバイオレットの方まで行き、アルフレッド様はアレクを腕から下ろした。
アレクはバイオレットを見つめ、突っ立ったまま黙り込んでしまった。
「……どうしたんでしょう?」
アルフレッド様と顔を見合わせる。
私はしゃがみ込み、アレクの顔を覗き込んだ。
「アレク?」
アレクはバイオレットの方を、一生懸命に指差している。
「……まっ、マッマ。……っ、……す」
「……す?」
「……ス……ミレ……」
(…………え? 今、花を見てスミレ……って?)
アレクから発せられた言葉に息を呑んだ。
「アレク? 今、なんて……?」
私はアレクの小さな肩を両手で包み込み、正面から問いかける。
「おい、どうしたんだ?」
アルフレッド様が私の態度に慌てたように近づく。
「……今、スミレって。バイオレットを見て、たしかにスミレって」
「え? バイオレット? どういうことだ」
私の頭に、ある日の会話が思い出される。
――スミレ……? バイオレットのこと?
――そうなの。私の生まれた国では、この花のことをスミレって呼んでるんだよ。私と同じ名前なの。
(……そうだよ、ベアちゃんとの会話。バイオレットのことをスミレと知ってるのは、彼女しかいないの……っ)
アレクはさっき自分で言った言葉を、覚えていないようだった。
泣きそうになっている私の顔を、くりくりの青紫の瞳で不思議そうに見つめている。
「うー? マンマ?」
『……好きな方達に囲まれ、好きな方と結ばれる人生を、今度こそ送るのですわ!』
それはベアちゃんの言葉だ。
(ここに帰ってきてくれたのね、ありがとう、ベアちゃん。……私も大好きだよ)
私はキョトンとしている愛しい我が子を、ぎゅっと抱きしめた。
「……おかえり、ベアちゃん」
――そして、息子アレクが、マリアンヌ様の娘である王女殿下に一目惚れしたというのは、そう遠くない未来のお話。


