儚桜


 "さくら"と出会ったのは、春、弥生月だった。

 私は藤城編集長の命令により、とりあえず長年の相棒と、片道切符のみを手にして、一路、京都へと向かった。

 この"世界に入ってかれこれ20年余り。今は自由|《フリー》だ。
 年齢的にも、深夜までの写真選びもあってか、うとうと…と睡魔とたたかう中、かろうじてホームにたどり着いた。
 "恋人"と別れたばかりの私には冷たすぎる風を受け、タクシーで"かの地"に。


 ここは、私にとっての「とくべつな聖域だ」


 「今年もやっと来れたよ…。綺麗に咲いてくれていて有難う。」

 そう愛でながらシャッターをきる。

 (カシャー…カシャー…)



 笑われるかも知れないが、長年写真に携わっていると、桜花はなたちが、不思議と『私を映して』と誘いざなってくる様に思えてならない。まあ、戯言かも。



 場所を移してフィルムを変え、再びシャッターをきる中、桜の中に彼女が戯れていた。

 シャッターをきりたい衝動に駆られる中、

 「写真…撮っていただけますか?」

 と願ったり叶ったりで、彼女が手にしていたカメラの中へ。

 「あの…もし、宜しかったら撮影しても、いいですか?今、いろいろと厳しくて。」

 「もちろんです……。」

 柔和な笑顔で返答してくれた。


 ファインダーの中を覗みると、息を飲み込んでしまった──

 まるでこの"せかい"にはいないかの様な、

 『儚い人」だった。

 桜がはら…はら…と散りゆく中、私は頭を真っ白にして、シャッターを丁寧にきる。

 ─触れてしまうと、花びらのように消えてしまいそうで…。

 「有難うごさいます。お陰で良い写真が撮れました…あ。まだ現象をしていないからまだ分かりませんが…。」

 私がまるで親に叱られた様な、しゅん、とした顔をしていたらしく、

 「いいえ、気にしないで下さい。」

 と微笑みながら話してくれた。

 「お詫びと言ってはなんですが…何時も必ずよる、"炙った香ばしいお餅"でも食べに行きませんか?」

 私が誘うと、嬉しそうに一つ返事で返してくれた。



 「この店なんですよ。」

 神社を出て僅か、その店は厳かに佇んでいる。
 店先では「ばちっばちっ」と音を立て、
 白味噌と砂糖のタレが香ばしく、食欲をそそる匂いが漂っているが、私はその香りを
 嗅ぐと【日本人で良かったなぁ】と、毎年思ってしまう。

 「あら、今年も来てくださったの?」

 「毎年の楽しみなんです。」

 女将さんらしき女性ともすっかり
 馴染みになってしまった。


 「……何を話そうかな。」

 私が誘っておいて、何を話したらいいのか
 考えてしまった。

 「今日は、お一人なんですか?」

 ありきたりの事しか言えない…。
 バカだな、私。

 「春の京都は、初めて来たんです。一人で
 来ちゃいました。」

 彼女が明るい声で話してくれた。

 「私も、毎年「桜」を追いかけて来るんです。仕事で、一人で。」

 「カメラマンさんなんですか?カッコいいですね…。」
 視線を私の"相棒"に落としながら、彼女が
 話して来た。

 「見た目はカッコいいけれどもね、ハードなんですよ。意外と。」 

 そう話すとクスッと笑ってくれた。


 「お待たせしました。お熱いから、気をつけて」

 湯気まで美味しそうなお餅がやって来た。


 ──

 「ご馳走様でした。本当に奢っていただいて
 大丈夫なんですか?」

 「これ位い、大した事はないから…。」

 そう話すと、

 「有難うございます。えっと…お名前伺って無いですね。」

 彼女が名前を尋ねて来たので、私は"仕事用"の
 名刺を渡した。

 (フリーカメラマン 如月 )

 「きさらぎさん、って言うお名前なんですね。」

 「私が生まれた月だから、その名前になったみたい。変わってるでしょう?」

 「綺麗な…お名前ですね。」

 「そう、かな?なんか硬いよね。」

 と、話すと

 「ううん…そんなこと、無いです。」

 とびきりの笑顔でそう言ってくれた。

    ──可愛いな…。

 「それじゃあ。気をつけてね。今日は本当に有難う。」

 「きさらぎさんも。また、来年会えると良いですね。」

 「そうだね…また、来年。」


 彼女とは反対方向へ歩こうとした時、
 私は慌てて思い出した。

 「あ、名前聞いて無い!教えて?」

 「…"さくら"です!」

 彼女は手を振り、タクシーを拾ってすぐに行ってしまった。


 「さくらちゃん、か。」


 ─その後、私もタクシーを拾い、定宿の二条城近くのホテルへと戻った。


< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop