トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-
奏の母 side

その頃――

病室では静かにテレビが流れていた

広い個室

窓から差し込む光

普段なら穏やかな空間のはずなのに今日は誰も言葉を発しなかった

テレビの向こうでは第二回会見が続いている

社長さんが頭を下げた瞬間私は思わず息を呑んだ

あれほど大きな会社の社長さんが

全国に向けて

深く頭を下げている

奏のために

黒騎士のために

その姿を見た時胸がいっぱいになった

隣を見ると奏はテレビを見つめていた

何も言わない

ただ静かに画面を見ている

でも気付いた

ぽたり

涙が落ちた

一滴

また一滴

奏は声を出さなかった

泣くことすら忘れていたみたいに

ただ静かに涙を流していた

私はそっと背中へ手を添える

痩せた背中

二か月前よりずっと細くなった身体

あんなに元気だった息子が今では一日の半分以上を眠って過ごしている

胸が締め付けられた

テレビの中では陽貴くんが話していた

優朔くんが話していた

蒼依くんが話していた

一人ひとりの言葉を

奏は逃げずに聞いていた

そして

しばらくして

震える声が聞こえた

「母さん……」

私は顔を向ける

奏は俯いていた

涙が止まらない

唇を噛み締めながら

やっとの思いで言葉を絞り出した

「俺……」

声が震える

「戻りたい……」

その一言だった

たったそれだけ

でも

その言葉に込められた想いが痛いほど伝わってきた

私は思わず目を閉じる

戻りたい

その言葉を

ずっと聞きたかった

ずっと

ずっと

聞きたかった

後ろにいた主人も近付いてくる

音も

いつの間にか涙を流していた

奏は続ける

「みんなと……」

息を詰まらせる

「歌いたい……」

「ライブしたい……」

「黒騎士…に…戻りたい…」

嗚咽混じりの声だった

それを聞いた瞬間私の涙も止まらなくなった

正直に言えば何度も思った

もう辞めてしまえばいいのにと

芸能界なんて

そんな世界から離れてしまえばいいのにと

壊れていく奏を見るたびにそう思った

眠れなくなった夜

ご飯が食べられなくなった日

過呼吸を起こした日

苦しそうに泣いていた日

病院で眠る姿を見ながら

何度も何度も思った

そして自分自身を責めた

あの時

芸能界へ行きたいと言った奏を応援したのは私たちだった

夢を追いかけなさい

頑張りなさい

そう言ったのは私たちだった

だから苦しんでいる姿を見る度に間違っていたんじゃないかと思った

普通の人生を歩ませるべきだったんじゃないか

もっと違う未来があったんじゃないか

何度も何度も考えた

でも

違った

違ったのだ

奏の心は

どれだけ傷付いても

どれだけ苦しんでも

黒騎士から離れなかった

体調が少し良い日

病室でこっそりスマホを見ている

何を見ているのかと思えば

ライブ映像だった

次のツアー用に作られていた衣装のデザインだった

自分の歌詞ノートだった

何度も何度も見返していた

まるで宝物みたいに

その姿を私は知っている

苦しくても

辛くても

諦められない

それが奏にとっての黒騎士だった

そして何より

私は思う

本当に良かった

社長さんに出会えて

陽貴くんに出会えて

優朔くんに出会えて

蒼依くんに出会えて

本当に良かった

もしあの子が一人だったらきっともっと壊れていた

でも違った

みんながいた

苦しい時も逃げずに隣にいてくれた

何度も病院へ来てくれた

何度も名前を呼んでくれた

何度も待っていると言ってくれた

だから今奏はここにいる

まだ生きている

まだ前を向こうとしている

私は涙を拭いた

そして奏の頭をそっと撫でる

小さい頃から変わらない

泣いた時にしてあげていたこと

「大丈夫」

そう言うと

奏がまた泣いた

子供みたいに

声を上げて

泣いた

主人も

音も

私も

みんな泣いていた

でも

それは絶望の涙じゃなかった

久しぶりに見えた

小さな希望の涙だった
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