トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-
その時だった

社長が静かに立ち上がった

会議室の空気が変わる

全員の視線が社長へ向いた

社長はゆっくり奏の前まで歩いていく

奏は涙で濡れた顔のまま立ち尽くしていた

何を言われるのか

緊張しているのが伝わってくる

社長はそんな奏を見つめた

長い時間だった

報道が出た日

活動休止、入院、会見、裁判

その全てを見てきた人の目だった

そして優しく笑った

「桜庭奏」

奏が顔を上げる

涙でぐしゃぐしゃになった顔

社長はその姿を見ても何も言わない

ただ穏やかに見つめる

そして静かに言った

「おかえり」

その瞬間、奏の表情が崩れた

「っ……」

声にならない

唇が震える

次の瞬間涙が一気に溢れた

「っ……うっ……」

肩が震える

何か月も押し殺していた感情が堰を切ったように溢れ出していく

子どもみたいに泣いていた

人目も気にせず

格好も気にせず

ただただ泣いていた

その姿を見てお母さんも顔を覆う

「よかった……」

涙声だった

お父さんも目を潤ませながら奏を見ている

どれだけこの日を待っていただろう

どれだけ苦しかっただろう

自分の息子が壊れていく姿を見ながら

何もできなかった日々

全部

今日ここで報われた気がした

社長はそんな奏へ近付く

そして肩へ手を置いた

「奏」

優しい声だった

奏は涙を拭いながら顔を上げる

社長は真っ直ぐに見つめる

「君は十分苦しんだ」

静かな声

でも誰よりも温かかった

「十分戦った」

「十分耐えた」

奏の瞳からまた涙が零れる

社長は続けた

「だからもう」

少しだけ笑う

「自分を責めるな」

会議室が静まり返る

社長は周囲を見渡した

みんなを見てゆっくり頷く

そして社長は背筋を伸ばした

まるで正式な発表をする時みたいに

真っ直ぐ前を向く

会議室全体へ向かって言った

「本日をもって」

誰も息をすることすら忘れていた

「桜庭奏を――」

一瞬の静寂

そして

社長は力強く告げた

「black knightに復帰させることを許可する」

その言葉が響いた瞬間だった

会議室中から拍手が起こった

自然発生だった

誰が始めたのか分からない

でも全員が立ち上がっていた

スタッフたちも

法務部も

広報部も

みんな拍手していた

蒼依なんて完全に泣いている

「おかえりぃぃ……」

鼻声のまま叫ぶ

奏が思わず笑った

泣きながら笑った

優朔も珍しく大きく息を吐く

そして

奏の肩を軽く叩いた

「遅かったな」

短い言葉

でもその声も少し震えていた

奏が笑う

「ごめん」

「ほんとだよ」

優朔も笑った

俺はそんな二人を見ながら胸が熱くなる

どれだけ待っただろう

歌番組で空け続けた立ち位置

ライブで残していたフォーメーション

インタビューで聞かれるたびに答えてきた言葉

“待っています”

ずっとずっと待っていた

俺は奏の前へ行く

そして思い切り抱き締めた

「陽貴さん……」

奏が驚く

でも構わなかった

「馬鹿」

思わず笑う

「帰ってくるの遅すぎ」

そう言いながら俺も涙が出そうだった

「ごめんなさい」

奏が泣き笑いになる

蒼依も飛び付いてくる

「四人っすよ!」

「やっと!」

「やっとっす!」

奏が潰れそうになる

優朔まで呆れながら近付いてくる

「やっとそろったね」

そう言いながら一緒に輪の中へ入る

会議室中が笑いに包まれた

泣き声と笑い声が混ざる

こんな光景

何か月ぶりだろう

社長は少し離れた場所からその様子を見ていた

黒瀬さんも隣に立っている

黒瀬さんが小さく呟く

「やっとですね」

社長は静かに頷いた

「そうだな」

そして

誰にも聞こえないくらい小さな声で言った

「よく帰ってきた」

その言葉に

黒瀬さんも目を伏せた

長かった戦い

失ったものもある

消えない傷もある

でもこの瞬間だけは誰も過去を見ていなかった

全員が同じ未来を見ていた

――4人のblack knight

ようやく

本当にようやく

帰ってきた
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