トップアイドルは白衣の天使に恋をする-Rebirth-
奏くんの呼吸が落ち着いていることをもう一度確認する

脈拍も安定している

顔色も、さっきよりずっといい

眠りは深い

今は無理に起こさない方がいいだろう

私はそっと毛布を整える

「おやすみ、奏くん」

小さく呟いてから静かに寝室を出た

カチッ

ドアを閉める

その瞬間リビングの重たい空気が肌に伝わってきた

誰も話していない

テレビも消えている

時計の音だけがやけに大きい

陽貴くん

優朔さん

蒼依くん

三人ともソファや椅子に座ったまま俯いていた

黒騎士として

仲間として

今何を考えているのか

私には想像もつかない

でも苦しいのは伝わってきた

私が近付くと、陽貴くんが顔を上げる

その目には疲労が滲んでいた

「……奏は?」

静かな声

私は小さく頷いた

「眠ったよ」

その言葉に

三人とも少しだけ肩の力を抜いた

「かなり疲れてる」

私は続ける

「寝不足もあるし、精神的にも限界だったと思う」

陽貴くんが目を伏せる

「……そうだよな」

掠れた声だった

きっと自分を責めている

リーダーだから

守れなかったと思っているのかもしれない

私はそんな陽貴くんの隣へ座った

すると蒼依くんがぽつりと呟く

「俺……初めて見たっす」

「奏があんなになるの」

誰も返事をしない

返せない

それくらい衝撃だった

優朔さんが静かに息を吐く

「俺もだ」

短い言葉

その一言に全てが詰まっていた

優朔さんは奏くんと長い

黒騎士結成前から一緒だ

そんな人ですら見たことがなかったのだろう

沈黙が落ちる

重い

苦しい

息が詰まりそうなくらい

そして陽貴くんが両手を組みながら俯いた

「……俺」

小さな声

「正直どうしたらいいか分かんない」

誰も責めない

だってみんな同じだから

突然記事が出て

スポンサーが動いて

ツアーにも影響が出始めて

先が全く見えない

そんな状況なのだから

陽貴くんは苦笑する

「リーダー失格だな」

その言葉に優朔さんが顔を上げた

「何言ってんだ」

低い声

「陽貴まで折れたら俺たち終わるだろ」

陽貴くんが苦く笑う

「分かってる」

「でも」

言葉が続かない

その姿を見ていて思う

みんな強そうに見える

でも本当は違う

誰だって怖いのだ

失うことが

大切なものが壊れることが

怖くない人なんていない

私はテーブルの上に視線を落とす

そこにはさっき淹れたコーヒー

もうすっかり冷めてしまっていた

だから私は立ち上がる

「コーヒー淹れ直すね」

三人が顔を上げる

「今はとりあえず温かいの飲もう」

少しだけ笑って言う

「紗凪さんって……ほんとすごいですよね」

蒼依くんがぽつりと呟く

「え?」

「いや、どんな状況でも冷静じゃないですか」

「さっきの奏の時も」

「正直、俺らも奏の姿見てパニクって」

蒼依くんが苦笑する

「でも紗凪さんだけは全然違った」

「すぐ状況見て、呼吸確認して、落ち着かせて……」

「なんていうか……」

少し言葉を探すように視線を泳がせてから続ける

「めちゃくちゃ頼もしかったです」

「すげぇなって思いました」

「紗凪さんがいてくれて本当よかったっす」

その言葉に、私は少し困ったように笑った

救命の現場でもそうだ

どれだけ大変な状況でも

まずは呼吸する

水を飲む

座る

休む

そういう当たり前が案外大事だったりする

「ただ…仕事柄そう言う状況に慣れているだけだよ」

そう言って私はキッチンへ向かう

その背中へ

優朔さんの声が届いた

「……ありがとう」

振り返ると優朔さんは真っ直ぐこちらを見ていた

「奏のこと」

その言葉に私は少し笑う

「私は何もしてないですよ」

本当に

私はただ隣にいただけだ

でも今の奏くんには

それが必要だった気がした

そして同時に思う

きっとこれからが本番だ

記事は出た

でも

まだ終わっていない

黒騎士にとっても

奏くんにとっても

ここからが本当の戦いなのだろう
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