ほたる先生は振り向かない
午前中の講習は、眠気との戦いだ。

特に冷房が効きすぎている教室の中でパーカーやカーディガンを着込むと、ちょうどいい温度になるから、尚更。


シャーペンを動かす音だけが続く中、私はぼんやりと窓の外を見た。

真っ白な日差し。 揺れる木の葉。 遠くで聞こえる運動部の声。

夏休みなのに、学校にはちゃんと人がいる。


「では、ここ。共通テストでもこういう形で出ます」

黒板に向かったまま、ほたる先生がチョークを走らせる。
教室の空気が少しだけ変わった。


“共通テスト”。

その単語を聞くだけで、みんなちょっと現実に戻される。

さっきまで頬杖をついていた男子も姿勢を直し、前の席の女子は急いでノートをめくった。

受験生なんだな、とこういう時に思う。


「傍線部の“以為”は、“〜と思う”ではなく“〜とみなす”に近いですね」

先生の淡々とした声。
眠くなるくらい穏やかなのに、不思議と重要なところだけ耳に残る。

「だから“主観”ではなく、“判断”として読んだ方が自然です」

カツ、とチョークが止まる。


私はその字をノートへ写しながら、ちらりと先生を見る。

今日の先生は、少しだけ機嫌がいい。
たぶん、漢文だから。


「ここ、去年かなり正答率低かったので。漢文はなんとなく雰囲気で読まないようにしてください」

ほたる先生がプリントを指先で軽く叩く。

「漢字だから読める気になりますが、読めている気がしてるだけです」

「耳が痛いなー」

誰かがぼそっと言って、教室に小さな笑いが起きた。

でも先生は真顔のまま、

「実際、毎年大量発生しています」

と淡々と言う。


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