ほたる先生は振り向かない
いつもの自分の席で、黙々と仕事をしていたらしいほたる先生が顔を上げるのが見えた。
私に気づいたのか、視線がこちらへ向くのも分かった。


メガネの位置を指先で直して、書類から顔を上げる瞬間の顔も。
その仕草も、見慣れた横顔も。

結局、最後まで変わらなかった。


白いワイシャツに濃い色のネクタイ。
ジャケットは椅子の背に掛けられていて、袖をまくった腕だけが少し見えている。

今日は記念すべき卒業式。
でも、先生はいつも通りだった。


そしてわざわざ呼ばれても、そこはほたる先生。

軽く会釈して、それだけでまた仕事へと戻ってしまった。

────この塩対応が、先生らしい。


「じゃ、岸。またな」

沢村先生は誰かに呼ばれて、私に軽くそう言って行ってしまった。


私も私で、足はすでにほたる先生の席へと向かっている。

行き慣れた先生の机。
コピー機の横。
窓際ではないけど、グラウンドも見える位置。


「ほたる先生。来ちゃった」

会いに来てくれるわけもないから、自分で来る。
私はいつもそうしてきた。

声をかけると、ほたる先生はパソコンになにかを打ち込みながら

「ご卒業おめでとうございます」

と、心のこもっていない言葉を返してくる。


「……ほたる先生。私がこうして生徒として先生に会いに来れるの、今日が最後なんだよ」

わざと寂しく聞こえるように、しんみりした言い方で話しかけてみる。

そうすると、優しくないわけじゃない先生がさすが目だけこちらへ向けてきた。

「それは卒業式を迎えたわけですから。当然のことです」

「先生は、ずーっとここで先生してるよね?」

「はい」

「絶対?」

「病気や怪我をしない限りは、いますね」

「約束ね?」

「……どういう意味ですか」


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