ほたる先生は振り向かない

おまけ① 高一の春、振り向かない。

恋に落ちる音はしなかった。


初めて見たときから好きになったわけでもなかったし、“そのへんにいる地味な先生のひとり”くらいの位置づけで。

最初から好きだと思ったわけじゃなかった。


「まつり、今日帰りに俺んち来ない?」

だいたい付き合って二ヶ月くらいの、同じクラスの男子生徒の裕介が後ろの席から声をかけてくる。


思いっきり授業中。
思いっきり普通の声のトーン。
思いっきり授業と関係のない話。

でも、誰もなにも言わない。
みんなそれぞれ雑談しているし、寝ている人も多数いるし、授業なんて聞いてないからだ。

私は取れかけのネイルを気にしながら、「うーん」と返事だけ返す。

「今日は親も帰り遅いからさ」

「うん。まあ、いいよ」

「やった」


付き合いたてのドキドキ感は、もうないけど。
彼はそれなりに優しいし、しっかり顔もいいし、みんなに「お似合いだね」って言われる。

それぐらいの温度で、その時の私は恋愛していた。


「では、岸さん」

ふと名前を呼ばれ、顔を上げる。


気づけば、私だけじゃなくて教室も静まり返っていた。

先ほどまで雑談していた男子たちも、前で鏡を見ていた女子たちも、誰もが自然と前を向いていた。

後ろの方で「やべっ…」と言いながらスマホをしまう男子の声もする。


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