ほたる先生は振り向かない
────なに、この先生。
返答が予測できなくて面白いんだけど。

まったく表情を変えることなく、授業の受け答えみたいにして話す。
こんな人、初めてかもしれない。


「そこを頑張るのが先生なんじゃないの?」

私が不満たっぷりに言い放ったからか、先生は小さくため息をついた。

「生徒全員を夢中にさせるなんて無理ですから」


そう言って、時間を確認しようと腕時計へ視線を落とすのが見えた。

「誰かひとりに刺されば十分です」

「……ふーん」

「岸さん」

「なに?」

先生は一度も立ち止まらない。

「古典は嫌いでも、点は取れます。好きになれるといいですね」


この時、私は完全に足が止まっていた。

代わりに、口だけが勝手に動く。

「先生!」

少し先を歩く背中へ向かって声を投げる。


「先生の名前、なんて言うの?」

先生は振り返らなかった。

ただ、歩きながら答える。


「蛍谷です」


それだけ。
たったそれだけだったのに。


その名前だけは、やけに耳に残った。



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