ほたる先生は振り向かない
「ほーたるせーんせっ!」

ついつい、四年前のテンションに戻って声をかけてしまった。
言ってしまってから、はっと我に返って咳払いする。

「ゴホッ、お久しぶりです。四年ぶりですね」

「……はい」

先生はすぐに目を細めた。

呆れているのか、懐かしんでいるのか。
相変わらず、よく分からない顔だった。


でも、四年ぶりだというのに。
メガネも買い替えてなさそうな見覚えのある細いフレームだし、腕時計も変わってなさそうだし、なにもかもそのまま。

そのままであることに、ほっとする。

強いて言うなら────。


「先生。髪伸びました?」

なんとなく、前より髪が長い気がしてそう言ったけれど。

ほたる先生は不満そうに視線を逸らす。

「入学式の前に切る予定です」

その言葉に思わず吹き出した。変わってなくて安心した。


「……岸さん、ちゃんと教師になったんですね」

ふと投げかけられたその、“ちゃんと”という部分が、じんわりと胸にしみる。

褒めるでもなく、冷やかすでもなく、四年前の私を肯定してくれるような。


「はい。頑張りました。先生に追いつきたくて」

胸を張ってそう言ったのに、先生はここではうなずかない。


「いいえ、残念ですが追いついてません」

「えっ!」

「僕は教師生活九年目です。岸さんはこれから、たくさん仕事を覚えなければいけません」

「ひっどぉ〜」

つい、いつもの口調に戻ってしまって慌てて言い直す。

「大丈夫です。コツコツやるの、好きですから」


そして、ちらっと周りがこちらを見ていないのをいいことに、先生にだけ聞こえるようにこそっとつぶやいた。

「約束したよね?社内恋愛しよ?」

「……約束してませんよ」

「したよ!」

「お断りしたはずです」

「社内恋愛するもん!」

「……岸さんは、あまり変わってないみたいですね」


大きくため息をつかれて、その仕草さえも懐かしくて。
私はふっと笑ってしまった。

「いいんです。そんなほたる先生だから好きになったんです」

「蛍谷です」

「はい、蛍谷先生」


私がずーっとほたる先生のそばから離れないからか、少し離れたところから沢村先生の声が飛んでくる。

「おーい、岸!蛍谷くんへの挨拶が長すぎるぞー。山本くんと校長先生に挨拶行きなさい!」

「あっ、やばっ。はーい!」


私は元気よく返事したあと、ほたる先生に

「またあとでね!ほたる先生!」

とウィンクを飛ばす。


ほたる先生は微動だにせず、「蛍谷です」とだけ訂正して席へ向き直ってしまった。


私の社会人生活も、恋愛も、始まったばかりだ。





°・*:.。.☆おしまい°・*:.。.☆



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