彼の手『だけ』を見ていた私は、
「根室さん。資料が多いって聞いたから手伝いに、」

 入ってきたのは、今最も会いたくない人__長谷川さんだった。
 
「…どうしたんだ、それ」

 低く落ちた声。彼は私の返答を待たず、すぐにこちらへ歩み寄ってきた。そして私の手元を見た瞬間、眉間に皺を寄せて顔をこわばらせた。

「結構深く切ってるじゃないか」
「だ、大丈夫です! すぐ洗えば、」

 素直に心配をかけたくなかった。よりにもよって、こんな情けない姿を彼に見られたくなくて慌てて笑おうとした。けれど、人一倍優しい彼が見逃してくれるはずがなかった。

「大丈夫な出血量には見えない」

 そう言って、長谷川さんは私の手首をそっと掴んだ。

(てを、つかまれた、?)

「ほら、座って」

 有無を言わせない穏やかな声に押されるまま、私は近くの丸椅子へ腰を下ろすしかなかった。

 長谷川さんはすぐにコピー室を出て行き、ほどなくして救急箱を抱えて戻ってきた。そして私の前にしゃがみ込むと、まるで壊れ物に触れるみたいに私の手をそっと取り上げた。

「少し染みるかもしれないけど、我慢して」
「…はい」

 返事をした自分の声が情けないくらい掠れていた。
 長谷川さんはティッシュで溢れた血を丁寧に拭き取りながら、慎重に傷口を確認していく。

 __彼の手が、私の手を包んでいる。

 ずっと遠くから見つめることしかできなかった手。綺麗だと思っていた指も、節張った関節も、浮き出た血管も。今は全部私に触れている。想像していたよりずっと大きくて、温かくて。そして、どうしようもなく優しかった。
< 7 / 7 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
橘 由衣(たちばな ゆい) 24歳 山口 圭吾(やまぐち けいご) 24歳 2人は元恋人。 友人としても良い関係だった2人は、円満に別れたはずだった。
優秀な後輩で私も嬉しく思うので、どうぞ『先輩離れ』してください

総文字数/103,263

恋愛(オフィスラブ)130ページ

第8回ベリーズカフェ恋愛小説大賞エントリー中
表紙を見る 表紙を閉じる
白石 紗良(しらいし さら) 29歳 自他ともに認める真面目な仕事人間。 自分の凡庸さを自覚しているため、人一倍の努力を欠かさない。 30歳を目前に、孤独な将来への不安を抱えている。 × 一ノ瀬 涼(いちのせ りょう) 25歳 何でも器用にこなすタイプ。実は極度の執着体質。 1年前、紗良の下に新人として配属された時から、密かに独占欲を募らせていた。 1年前、教育係だった紗良の元を離れた天才肌の後輩・一ノ瀬 涼。 そんな彼が25歳の大人になって、再び紗良の前に現れた。 紗良に与えられたミッションは、かつての教え子とタッグを組んでプロジェクトを成功させること。 冷徹で合理的で何を考えているか分からないくせに、時折涼の見せる優しさに絆されていく紗良。 そんな2人の焦れったくも甘いオフィスラブストーリーです。 *** 【2026.5.12】 編集部オススメ作品に掲載していただきました! ありがとうございます!!!
溺れるほどの愛は深くて重く、そして甘い

総文字数/56,497

恋愛(オフィスラブ)86ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
櫻谷 智弘(さくらや ともひろ) 29歳 大企業の御曹司。 × 前田 美咲(まえだ みさき) 29歳 智弘の秘書。 高校で知り合い、交際12年目を迎える2人。 円満かと思われていた関係だが、美咲は智弘と自分は釣り合わないと日々感じていた。 そして、お互いに取り返しがつくことを考え、30代になる前に別れようと告げる。 しかし、智弘はそんな言葉を承諾せず、寧ろ今まで抑えていた独占欲を前面に。 溺愛×独占欲×執着愛 たった1人の大切な人に向ける、唯一無二の言葉の話。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop