彼の手『だけ』を見ていた私は、
「根室さん。資料が多いって聞いたから手伝いに、」

 入ってきたのは、今最も会いたくない人__長谷川さんだった。
 
「…どうしたんだ、それ」

 低く落ちた声。彼は私の返答を待たず、すぐにこちらへ歩み寄ってきた。そして私の手元を見た瞬間、眉間に皺を寄せて顔をこわばらせた。

「結構深く切ってるじゃないか」
「だ、大丈夫です! すぐ洗えば、」

 素直に心配をかけたくなかった。よりにもよって、こんな情けない姿を彼に見られたくなくて慌てて笑おうとした。けれど、人一倍優しい彼が見逃してくれるはずがなかった。

「大丈夫な出血量には見えない」

 そう言って、長谷川さんは私の手首をそっと掴んだ。

(てを、つかまれた、?)

「ほら、座って」

 有無を言わせない穏やかな声に押されるまま、私は近くの丸椅子へ腰を下ろすしかなかった。

 長谷川さんはすぐにコピー室を出て行き、ほどなくして救急箱を抱えて戻ってきた。そして私の前にしゃがみ込むと、まるで壊れ物に触れるみたいに私の手をそっと取り上げた。

「少し染みるかもしれないけど、我慢して」
「…はい」

 返事をした自分の声が情けないくらい掠れていた。
 長谷川さんはティッシュで溢れた血を丁寧に拭き取りながら、慎重に傷口を確認していく。

 __彼の手が、私の手を包んでいる。

 ずっと遠くから見つめることしかできなかった手。綺麗だと思っていた指も、節張った関節も、浮き出た血管も。今は全部私に触れている。想像していたよりずっと大きくて、温かくて。そして、どうしようもなく優しかった。
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