彼の手『だけ』を見ていた私は、

私が見ていたのは


(ああ…もう。そろそろ長谷川さんの手ばっかり見てるのをやめないと)

 ここ数日、頭の片隅に居座り続けている悩みに、私は今日何度目かも分からないため息を吐いた。

 別に、誰かに指摘されたわけじゃない。
 バレたわけでもない。

 ただ、自分で分かってしまっているのだ。最近の私は明らかに見すぎている。
 あの指先を目で追う時間が日に日に増え、触れられた感触を思い返す回数も増えている。このままでは、そのうち本当に自制が効かなくなる気がして__

「やめられるかな…。ううん、やめないと。ほんとに……」

 ぽつりと零れた独り言は、静かなコピー室の空気に吸い込まれて消えていく。当然、返事をする相手はいない。
 私は今、会議資料を印刷するために1人でコピー室に籠もっていた。長谷川さんのいない場所で、一度ちゃんと頭を冷やしたかったのだ。

「……なんで今日に限ってこんな量あるのよ」

 そうは言っても仕方ない。愚痴っても書類が減らないことを知っている私は、小さくぼやきながら印刷設定を終えてスタートボタンを押した。

 その直後。
 ピピッ、と無機質なエラー音が鳴り響いた。表示を見ると『用紙切れ』と『インク交換』の文字。

「はぁー…。前使った人、せめて補充くらいしておいてよ…」

 ぶつぶつ文句を零しながらトレイを引き出すと、中は見事に空っぽだった。私は棚から新しいコピー用紙の束を抱え上げ、そのまま補充しようとして、

「っ、あ……!」

 紙が擦れる乾いた音と同時に、指先へ鋭い痛みが走った。反射的に手を見ると、人差し指の側面がコピー用紙の端でぱっくりと切れていた。

「うそ、深……」

 じわり、ではない。どくどく、と表現した方が近い勢いで赤い血が溢れ出してしまい、慌てて傷口を押さえても指の隙間から滲み出てくる。

(やば……早く拭かないと、紙に付く……!)

 急いで用紙を机の上へ避難させ、ポケットのハンカチを押し当てる。けれど傷は思った以上に深いらしく、鈍い痛みと共に血が止まらない。

 焦血が募っていた時だった。ガチャリとコピー室の扉が開く音がした。
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