箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 新那は写真の中の母の瞳を見つめ、明日着る予定の、とっておきの笑顔を浮かべてみせた。

「ママ、私、明日から高校生になるんだよ。パパがね、全国制服ランキングで上位の学校を選んでくれたの。ブレザーもリボンも、すっごく可愛いの。本当はね……一番にママに見せたかったな」

 当然、写真は何も答えてくれない。
 静かな部屋に、自分の声が虚しく吸い込まれていくだけだ。それでも、胸の奥に溜まった想いを吐き出さずにはいられなかった。

「友達もいっぱい作るし、お昼休みは購買のパンを皆で食べるんだ。……それでね、もし、もしも良いなと思う人ができたら、もしかしたら彼氏とかもできちゃったりして」

 そこまで口にして、新那は「あ」と息を呑み、慌てて背後の扉を振り返った。
 昼間、リビングで「断固として認めんぞ!」と大真面目に憤慨していた過保護な父親の顔が脳裏を過る。
 もしこの独り言をパパに聞かれでもしたら、明日の入学式が中止にされかねない。

「……ふふ、やっぱり恋愛の話は、ママと私だけの秘密。パパには絶対内緒」

 くすりと笑うと、張り詰めていた肩の力が少しだけ抜けた。
 窓の外では、春の夜風がさわさわと桜の木々を揺らしている。
 花びらが擦れ合う微かな音が、まるで新那の背中を優しく押す拍手のように聞こえた。
 明日への期待と、その裏側にある、ほんの少しの寂しさ。
 こんな時、ママが隣にいてくれたら、校則の厳しい学校でも一番可愛く見える髪型を一緒に考えてくれただろう。
 ブレザーの襟元を直しながら、「世界一似合っているわ」と自慢げに笑ってくれただろう。
 新那は小さくかぶりを振り、そんな甘えを断ち切るように写真立てをそっと元の場所へと戻した。指先で、母の写るガラス面を優しくトントンと叩く。

「見ててね、ママ。私、絶対に楽しい高校生活にしてみせるから」

 それは、母親への報告であり、自分自身への強い誓いでもあった。
 新那は引き締まった表情のまま、机のライトのスイッチを切った。
 カチリ、という音と共に、部屋が心地良い暗闇に包まれる。
 ベッドに潜り込み、毛布を頭まで被りながら、新那はゆっくりと目を閉じた。
 胸の高鳴りはまだ収まらないけれど、心地よい疲労感が彼女を眠りの世界へと誘っていく。
 新那はまだ、何も知らなかった。
 明日から始まる高校生活が、自分が思い描いていた「普通の女子高生」の日常とは、天と地ほどもかけ離れた未知の領域へと突き進んでいくことを。
 そして、父親が「万全の準備」と称して裏で動かしていた過保護な計画の全貌を。
 春の夜は静かに更けていく。
 新那の夢の中では、まだ、誰も邪魔しない美しい桜並木が広がっているだけだった。
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