箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
そして、瞬きをする間に季節は流れ、待ちに待った体育祭当日がやってきた。
抜けるような五月の青空から、まばゆい初夏の日差しが降り注いでいる。
新那は自室のドレッサーの前で、すっかり着慣れた学校指定の体操服に身を包み、鏡に向き合っていた。
「よしっ……」
気合いを入れるように小さく呟き、いつもは下ろしている髪を両手でかき集める。
競技の邪魔にならないよう、高めの位置できゅっとポニーテールに結い上げた。
項に触れる朝の空気が、少しだけひんやりとして心地いい。
――カチャリ。
その時、静かな音を立てて背後の扉が開いた。
鏡越しに視線を走らせると、そこには新那と同じ白と青の体操服を驚くほどスタイリッシュに着こなした、アールの姿が映り込んでいた。
普段の制服姿もモデルのようだったが、健康的な体操服姿は、何処かの名門クラブの若きエースアスリートのような、独特の凄みと美しさがある。
「おはよう、お嬢。本日の気象データ、及びお嬢のバイタルは全て良好。体育祭の決行に一切の支障はない」
「アール、おはよう。……ふふ、やっぱりなんか新鮮だね、その格好」
新那は鏡越しに彼を見つめながら、嬉しそうに目を細めた。
アールは、その引き締まった首元に、クラスのカラーである鮮やかな青色の鉢巻を綺麗に巻き付けている。
無表情な顔と相まって、まるでこれから命懸けの任務に赴く若き戦士のようだ。
「……あ、そうだ。アール、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「何だろうか。当機にできることであれば、あらゆる作業を代行する」
「代行っていうか……これ、巻いてほしくて」
新那はドレッサーの上に置いてあった、もう一本の青い鉢巻を手に取り、振り返ってアールに差し出した。
「鉢巻。私、自分で後ろで結ぶの、いまいち上手くできなくて。……アール、結んでくれる?」
「――鉢巻の装着任務を受託した」
アールは厳かに頷くと、音もなく新那の背後へと歩み寄った。
ドレッサーの鏡の中に、並んで立つ二人の姿が映し出される。
アールは大きな両手で新那から青い布を受け取ると、彼女の額のラインに合わせて鉢巻を回した。
「位置の調整を行う。これで問題ないか」
「うん、バッチリ。あとは後ろできゅっと結んで」
「了解」
アールのひんやりとした指先が、新那の結い上げたポニーテールの根元、無防備に露出した項に微かに触れた。
その瞬間、新那の背筋に風邪の時の悪寒とは全く違う、甘い電流のような震えが走る。心臓が、ドクンと大きな音を立てて跳ねた。
「……っ」
「お嬢? 心拍数の突発的な上昇を検知。何処かに痛みが――」
「なんでもない! 大丈夫だから、そのまま結んで!」
新那は鏡に映る自分の顔がみるみる赤くなっていくのを隠すように、ぎゅっと目を閉じた。
アールは「……了解」と静かに答え、驚くほど器用で優しい手つきで、鉢巻の両端を後ろで結び合わせた。
強すぎず、弱すぎず。新那が走っても絶対に解けない、けれど決して頭が痛くならない、完璧な力加減の固結び。
「完了した」
アールが手を離す。新那が恐る恐る目をあけると、鏡の中の自分の額には、一本の青い鉢巻が美しく、凛と巻き付けられていた。
それに、髪をアップにしたことで、いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「わぁ……すごい。完璧。ありがと、アール」
「どういたしまして」
アールはいつも通りの無表情でそう言ったが、鏡越しに見つめ合うその琥珀色の瞳の奥には、新那の体操服姿を「誇らしい」とでも言いたげな、静かな光が宿っている気がした。
新那は額の鉢巻にそっと手を触れ、ふっと笑う。
普通の高校生になりたくて、ずっと憧れていた体育祭。
アールに結んでもらったこの鉢巻があるだけで、どんな競技も、絶対に負ける気がしなかった。
「よし……行こう、アール! 私達の、最初の体育祭へ!」
「御意」
青空に向かって力強く一歩を踏み出す新那の後ろを、頼もしいマイ・アンドロイドが、いつもより少しだけ誇らしげな足取りで静かに付いていくのだった。
抜けるような五月の青空から、まばゆい初夏の日差しが降り注いでいる。
新那は自室のドレッサーの前で、すっかり着慣れた学校指定の体操服に身を包み、鏡に向き合っていた。
「よしっ……」
気合いを入れるように小さく呟き、いつもは下ろしている髪を両手でかき集める。
競技の邪魔にならないよう、高めの位置できゅっとポニーテールに結い上げた。
項に触れる朝の空気が、少しだけひんやりとして心地いい。
――カチャリ。
その時、静かな音を立てて背後の扉が開いた。
鏡越しに視線を走らせると、そこには新那と同じ白と青の体操服を驚くほどスタイリッシュに着こなした、アールの姿が映り込んでいた。
普段の制服姿もモデルのようだったが、健康的な体操服姿は、何処かの名門クラブの若きエースアスリートのような、独特の凄みと美しさがある。
「おはよう、お嬢。本日の気象データ、及びお嬢のバイタルは全て良好。体育祭の決行に一切の支障はない」
「アール、おはよう。……ふふ、やっぱりなんか新鮮だね、その格好」
新那は鏡越しに彼を見つめながら、嬉しそうに目を細めた。
アールは、その引き締まった首元に、クラスのカラーである鮮やかな青色の鉢巻を綺麗に巻き付けている。
無表情な顔と相まって、まるでこれから命懸けの任務に赴く若き戦士のようだ。
「……あ、そうだ。アール、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「何だろうか。当機にできることであれば、あらゆる作業を代行する」
「代行っていうか……これ、巻いてほしくて」
新那はドレッサーの上に置いてあった、もう一本の青い鉢巻を手に取り、振り返ってアールに差し出した。
「鉢巻。私、自分で後ろで結ぶの、いまいち上手くできなくて。……アール、結んでくれる?」
「――鉢巻の装着任務を受託した」
アールは厳かに頷くと、音もなく新那の背後へと歩み寄った。
ドレッサーの鏡の中に、並んで立つ二人の姿が映し出される。
アールは大きな両手で新那から青い布を受け取ると、彼女の額のラインに合わせて鉢巻を回した。
「位置の調整を行う。これで問題ないか」
「うん、バッチリ。あとは後ろできゅっと結んで」
「了解」
アールのひんやりとした指先が、新那の結い上げたポニーテールの根元、無防備に露出した項に微かに触れた。
その瞬間、新那の背筋に風邪の時の悪寒とは全く違う、甘い電流のような震えが走る。心臓が、ドクンと大きな音を立てて跳ねた。
「……っ」
「お嬢? 心拍数の突発的な上昇を検知。何処かに痛みが――」
「なんでもない! 大丈夫だから、そのまま結んで!」
新那は鏡に映る自分の顔がみるみる赤くなっていくのを隠すように、ぎゅっと目を閉じた。
アールは「……了解」と静かに答え、驚くほど器用で優しい手つきで、鉢巻の両端を後ろで結び合わせた。
強すぎず、弱すぎず。新那が走っても絶対に解けない、けれど決して頭が痛くならない、完璧な力加減の固結び。
「完了した」
アールが手を離す。新那が恐る恐る目をあけると、鏡の中の自分の額には、一本の青い鉢巻が美しく、凛と巻き付けられていた。
それに、髪をアップにしたことで、いつもより少しだけ大人っぽく見える。
「わぁ……すごい。完璧。ありがと、アール」
「どういたしまして」
アールはいつも通りの無表情でそう言ったが、鏡越しに見つめ合うその琥珀色の瞳の奥には、新那の体操服姿を「誇らしい」とでも言いたげな、静かな光が宿っている気がした。
新那は額の鉢巻にそっと手を触れ、ふっと笑う。
普通の高校生になりたくて、ずっと憧れていた体育祭。
アールに結んでもらったこの鉢巻があるだけで、どんな競技も、絶対に負ける気がしなかった。
「よし……行こう、アール! 私達の、最初の体育祭へ!」
「御意」
青空に向かって力強く一歩を踏み出す新那の後ろを、頼もしいマイ・アンドロイドが、いつもより少しだけ誇らしげな足取りで静かに付いていくのだった。