箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 新那の真っ直ぐな声がグラウンドの土埃を突き抜けた瞬間、一年B組の観覧席で男子生徒に絡まれてもどうじていなかったアールの身体が、まるで微弱な電流が走ったかのように、僅かに、けれど明確に戦慄(わなな)いた。
 彼の高性能な光学センサーは、自分へと向かって猛然とダッシュしてくる新那の姿を、毎秒数百フレームの超高解像度で捉え続けている。
 その視野の中心で、彼女は握り締めた小さな白い紙を胸の前に掲げ、狂おしいほどに純粋な瞳を、ただ一人、アールだけに向けていた。

「お、おい、神条!  新那ちゃんがお前を呼んでるぞ!?」
「え、まさか借り人競走のお題って……!」

 周囲の男子達が驚きに色めき立ち、ガタガタとパイプ椅子を鳴らす。
 けれど、アールはその騒ぎすら認識できないほど、自らのプロセッサが高熱を発していくのを感じていた。

(お嬢の走光性ライン(動線)が、完全に当機へと収束している。何故、他生徒ではなく、俺を――)

 いつもならコンマ数秒で弾き出されるはずの最適解が、今の彼にはどうしても見つけられない。
 新那が目の前まで駆けてくる。その距離、僅か数メートル。
 彼女の額の青い鉢巻が風に揺れ、弾む呼吸の音がダイレクトにアールの集音マイクへと届いた。

「ハァ……っ、ハァ……、アール!  付いて来てっ!」

 新那は勢いそのままに、アールの目の前でピタリと止まると、迷うことなくその小さな少し汗ばんだ右手を伸ばした。
 そして――アールの大きくて固い、冷徹なはずの左手を、きゅっと、壊れ物を掴むような必死さで握り締める。

 ――システム・エラー。
 ――未知のログ(接触刺激)を検知。

 アールの漆黒の瞳が、一瞬だけ大きく見開かれた。
 最先端の戦闘用アンドロイドである彼が、人間のように、明確に『驚愕』していた。
 思考回路が、彼女の手のひらの温もりだけで完全にハッキングされたかのように停止する。

「お、お嬢……?  規約違反だ。俺は一般生徒ではなく護衛――」
「今は関係ないの!」

 新那は真っ赤な顔のまま、けれど誰よりも誇らしげに胸を張って、アールの手をぐいっと引っ張った。

「私の引いたお題はね、『大切な人』だったの!  だから、アールじゃなきゃ絶対にダメなのっ!」
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