箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 セットしていた目覚まし時計が、そのやかましい電子音を響かせるよりもずっと早く、新那はぱちりと目を覚ました。
 遮光カーテンの僅かな隙間から、春の柔らかな朝日が寝室の床に細い光の帯を作っている。
 枕元のスマートフォンで時間を確認すると、まだ午前六時を回ったばかりだった。

「ふふ、やっぱり早すぎちゃったかな……」

 ぽつりと呟きながらも、顔は自然と緩んでしまう。
 今日からいよいよ、待ちに待った高校生活が始まる。しかも、一生に一度きりの入学式だ。
 心臓が昨日からずっと、小さな小鳥が羽ばたいているように落ち着かない。緊張しているのか、それとも楽しみすぎるのか、自分でも境界線が分からなかった。
 ベッドから跳ね起きると、昨日からトルソーにかけて準備しておいた指定制服に袖を通す。
 白いシャツのボタンを一つずつ留め、ベージュのカーディガンの上からネイビーのブレザーを羽織り、赤いチェックのスカートを整える。鏡の前で髪を何度も梳かし、昨夜の内に完璧に仕上げた通学鞄を肩に掛けた。
 忘れ物、なし。身だしなみ、完璧。
 新那は小さくガッツポーズをして、部屋の扉を開けた。
 階段を下りていくと、一階の廊下にはすでに香ばしくて甘い、たまらなく幸せな匂いが漂っていた。

「お腹空いたー。今日は何かなぁ」

 匂いに釣られるようにして、自然と足取りが軽くなる。
 高い天井とシャンデリアが印象的な広いリビングへと足を踏み入れると、十人掛けの長いマホガニーのダイニングテーブルの上に、眩いばかりの朝食が並べられていた。
 専属のシェフが焼き上げたばかりの、黄金色に輝くサクサクのクロワッサン。
 絶妙な火加減でとろりと仕上げられたスクランブルエッグ。
 瑞々しい有機野菜のサラダに、湯気を立てるカボチャのポタージュスープ。
 さらには、数種類のフルーツが美しくカッティングされた盛り合わせまである。
 まるで、五つ星ホテルの最高級朝食ビュッフェを独り占めしているかのような豪華さだ。

「おはよう、新那」

 テーブルの特等席から、低く落ち着いた声が響いた。
 声の主である父親は、すでに一糸乱れぬ高級スーツに身を包んでいる。お気に入りのウェッジウッドのカップで珈琲を啜りながら、経済紙に目を落としていた。

「おはよう、パパ!」

 新那は弾むような声で返事をし、父親の対面の席に滑り込む。
 座るなり、待ちきれないとばかりに温かいクロワッサンへと手を伸ばした。

「今日はやけに早起きだな。いつもなら私が起こしに行く時間だが」
「だって、入学式だもん! 一生懸命パパにお願いして通わせてもらう学校だし、初日から遅刻なんて絶対にしたくなかったんだもん」

 サクッ、と小気味よい音を立ててクロワッサンを頬張りながら、当然と言わんばかりに胸を張る。

「というか、楽しみすぎて、昨日はあんまり眠れなかったかも」
「なるほど。遠足の前の子供と同じだな」

 父親はふっと目を細め、愛おしそうに苦笑した。
 この邸宅の中で、家庭教師相手に黙々とペンを走らせていた頃の娘とは、表情の輝きがまるで違う。
 それだけ、この日を夢見ていたのだろう。

「そんなに、外の学校へ行くのが楽しみかい?」
「うん、すっごく楽しみ!」

 新那はスープをスプーンで掬いながら、一ミリの迷いもなく即答した。

「まずは同じクラスの女の子全員に話し掛けて、友達をいっぱい作るでしょ? それから、放課後は皆で駅前のカフェに寄り道して、新作のスイーツを食べるの。あ、部活の勧誘もたくさん受けたいな。文化祭とか体育祭も、クラスの皆で準備したりするんだよね? 想像するだけで青春って感じ!」

 目をキラキラと輝かせ、夢を語る娘の姿を前にして、父親の表情がみるみる内に複雑なものへと変わっていく。
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