箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
❦文化祭準備は命がけ
夏休みも終わりに近付いた、ある日の夜。
神条家のリビングには、穏やかで何処か物憂げな時間が流れていた。
窓の外からは、あんなに喧しかった蝉の声もすっかり少なくなり始めている。代わりに鳴き出した秋の虫の声を含んだ夜風が、カーテンを優しく揺らしていた。
リビングの中央に置かれた大きな革張りのソファ。その上には、新那と零が少しの距離を空けて並んで座っている。
ほんの数ヶ月前までは、天地がひっくり返っても考えられなかった光景だ。一学期の頃なら新那は用が済めばすぐに自室へ逃げていたし、零は直立不動の姿勢のまま、部屋の隅で冷徹な防犯カメラのように控えていたのだから。
けれど、今は違う。
特に弾んだ会話をするわけでもなく、ただ並んでくだらないテレビ番組を眺めている。それだけの、人間にとってはなんてことのない時間が、二人の間でひどく自然なものになっていた。
『続いては街角インタビューです!』
液晶画面の中では、バラエティ番組が賑やかなSEと共に流れている。映し出されたのは、仲睦まじく手を繋いだ若い男女。
『お二人は付き合ってどれくらいですか?』
『半年です!』
『毎日すっごい楽しいです!』
『ヒューヒュー! 仲良しですねぇ!』
画面の向こうでカップルが顔を見合わせ、照れくさそうに笑う。その絵に描いたような幸せの形をぼんやりと見ていた新那は、ふと思いついたように口を開いた。
「ねぇ、零」
「何だ、お嬢」
「こういうの、どう思う?」
新那が顎でテレビの画面を指す。零は、感情の波形が一切ない目で一度テレビへ視線を向け、すぐに戻した。
「高度な親和性を持つ、人間同士の親密な排他的関係だと認識している」
「いや、そういう教科書みたいな説明じゃなくてさ……」
「?」
意図が伝わらず、零が小首を傾げる。新那はソファの背もたれに身体を預けながら、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「例えば、もし零だったらさ。……好きな子が出来たらどうするの?」
想定外の質問だったのか、零の動きが止まる。思考回路を巡らせるように、ほんの数秒のタイムラグがあった。
「――不明だ」
「あはは、即答じゃないんだ」
「以前の俺であれば『その必要性がない』と即答できていた」
「今は?」
「分からない。適切な最適解を出力できない」
あまりにも大真面目に混乱している彼の様子に、新那は思わず吹き出した。
「何それ、システムエラー?」
「事実だ」
零は全く冗談を言っている風でもなく、真剣な顔で答える。
「最近の俺は、感情に関する内部定義が非常に曖昧になることがある」
「へぇ……?」
新那の目がキラキラと輝いた。面白そうな新しい玩具を見つけた、子供のような顔だ。
「具体的には、どんな風に?」
「例えば――」
零は一度視線を落とし、自らの胸の奥のログを手探りするように言葉を紡ぐ。
「特定の人物が、自分以外の他者と親しく会話しているのを目測した際、内部コンポーネントが微かに逆流するような感覚を覚える」
その言葉に、新那の心臓が不意にドクンと跳ねた。
「へ、へぇ……」
「以前の俺には理解不能だった現象だ。システムへの負荷を調査した結果、これは人間の言う『嫉妬』という防衛感情に極めて近いという結論に至った」
新那の顔が、一気にじわじわと熱くなっていく。