箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 思い当たる節がありすぎた。体育の授業で男子とペアを組んだ時、体育祭でフォークダンスの列に並んだ時、クラスの男子に話し掛けられた時――その度に、背後から底冷えするような視線を放っていた少年の姿が、次々と脳裏に蘇る。

「それって……」
 
 新那はドキドキする鼓動を必死に抑え、できるだけ何気ない風を装って尋ねた。

「ちなみに、誰に対してのノイズなの?」

 零が、ゆっくりと首を巡らせて新那を真っ直ぐに見つめる。

「お嬢、だと言ったら?」
「ぶっっ!」

 手元にあったコップの麦茶を、危うく盛大に吹き散らすところだった。激しく咳き込む新那に、零は「大丈夫か?」と無防備に顔を近づけてくる。

「な、ななな、なんで私なの!?」
「何故と言われても、俺の全ログがそう示しているからだ。事実をそのまま報告した」
「そ、そうなんだ……」

 心臓がうるさい。リビングの時計の音が掻き消されるほどにうるさすぎる。
 だが、当の零は全くその破壊力に気付いていない。彼は本当に、ただ自分の最新の分析結果を素直に主人に共有しているだけなのだ。嘘や計算がないからこそ、とんでもなく厄介だった。
 新那は、顔の火照りを隠すためにわざと大袈裟に揶揄うような笑みを作る。

 「それってさぁ、零。もしかして――私のこと、好きなんじゃないの?」
 
 いつもの揶揄い。ちょっとした冗談のつもりだった。
 しかし、零はその言葉を額面通りに受け止め、腕を組んで本気で思考の海に沈み込んでしまった。

「……」
「え、ちょっと?」
「……好意の定義、およびお嬢に対する累積ログから推測するに――」
「あ、待って、本気で考えないで!」

 新那が顔を真っ赤にして制止するが、一度ロジックを走査し始めた機械は止まらない。

「心理学的なアプローチから言えば」
「もういいから、やめて!」
「好意形成における『単純接触効果』および『熟知性の法則』の条件には、ほぼ完璧に合致して――」
「やめてってば!」

 新那は耐えきれなくなり、ソファにあった膝上のクッションを思い切り投げつけた。ぽすっ、と頼りない音を立てて零の広い胸板に命中する。
 クッションを片手で受け止めた零は、本気で不可解そうにパチパチと瞬きをした。

「何故、お嬢が怒るのだ」
「怒ってない!」
「バイタルデータを見る限り、明らかな憤慨、あるいは動揺の兆候が見られる」
「見えません!」

 零は、ふう、と小さく溜息を吐き出した。
 そして、胸元に抱えたクッションに少しだけ顔を埋めるようにして、呆れたように、けれど何処か酷く優しく、こう言った。

「お嬢、あまり俺を揶揄うな」

 新那の身体が、今度こそ完全に硬直した。
 その声音が、あまりにも自然で、あまりにも生身の『男の子』のものだったから。
 出会った頃の無機質な合成音でも、プログラムされたエミュレートの声でもない。クラスの男子が不意に見せるような、少しだけ照れて、少しだけ困ったような、熱を帯びた声。

「……」
「……」

 一瞬だけ、テレビの音以外を全て拒絶するような濃密な沈黙が二人の間に落ちる。
 新那は破裂しそうな心臓を抱えたまま、慌ててテレビの画面へと視線を強制送還した。顔が熱い。絶対に今、茹でダコのように真っ赤になっている。隣でどんな表情をしているのか、零の顔を見る勇気なんてこれっぽっちも湧かなかった。
 一方で零も、何故だか自分の胸の奥のコアが、いつまでも一定のビートを刻んでくれないことに困惑していた。
 いくら内部診断を走らせても、この不協和音の正解は見つからない。
 けれど、夏の終わりを告げる静かな夜の中、この愛おしい時間だけは、いつまでも、いつまでも続けばいいのにと。
 壊されるリスクも、父親の警告も全て忘れて、ただそう願ってしまう零が、確かにそこにいた。
< 154 / 194 >

この作品をシェア

pagetop