箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 夕陽が、彼の彫刻のように整った横顔を鮮やかに照らし出す。
 高身長に、すっきりと着こなした制服。真剣に役に入り込もうとしているその佇まいだけを見れば、彼は本当に、絵本から飛び出してきた本物の王子様そのものだった。
 新那の心臓が、ドクドクと不規則で変な音を立て始める。

「……姫君」

 静かな声が、教室の空気を震わせた。
 あの日出会った頃の、スピーカーから流れるような機械的で冷たい声じゃない。今の、新那の隣で笑うようになった、等身大の零の声だ。

「どうか――」

 ゆっくりと、大きな手が新那の前に差し出される。
 その大きくて綺麗な手。
 豪雨の日に、壊れそうな自分を強く握り締めてくれた手。
 熱を出して寝込んだ時に、冷たくて心地いい温度で額に触れてくれた手。
 気付けば、新那の脳裏には、彼と過ごしてきたこれまでの大切な記憶が、走馬灯のように次々と浮かび上がっていた。

「私と共に、来てください」

 台本に書かれた、ただのセリフ。演出の一環としての、ただの演技。
 なのに、真っ直ぐに自分だけを見つめる彼の琥珀色の瞳を見つめていると、妙に胸の奥が苦しくて、息ができなくなる。

「……あれ?  神条さん?」

ふいに、横から伊織の不思議そうな声が聞こえた。

「顔、すっごく真っ赤だけど大丈夫?  熱でもある?」
「だ、大丈夫!  全然、なんともないから!!」

 新那は裏返った声で叫んだ。全然大丈夫ではなかった。
 零だけは、自分の手の出し方が物理的に間違っていたのかと、首を傾げて手の角度を微調整している。
 その二人の様子を特等席でじっと見ていた橋本伊織は、ふと、何かを察したように優しく微笑んだ。
 そして、騒がしい教室の喧騒に紛れるくらいの、誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

「……ふふ。本当に、仲良しだなぁ」

 その、核心を突いた呟きに、地獄耳でそれを拾ってしまった新那だけが、夕陽の色よりもさらに赤く、顔を沸騰させることになった。

「ち、違うから!  変なこと言わないでよ!」
 
 新那は慌てて両手をぶんぶんと振った。

「え?」

 伊織はきょとんと首を傾げた。

「違うの?」
「違う!」
「本当にそうなの?」
「そうだってば!」
「へぇー」

 伊織はニヤニヤとした笑みを浮かべ、全然信じていない顔だった。
 相楽も丸めた台本でトントンと自分の肩を叩きながら、腕を組んで頷く。

「まぁ、言われてみりゃ付き合ってる奴ら独特の甘ったるい空気はないな」
「だから最初からそう言ってるじゃん!」
「でも何て言うかさ、付き合ってる奴らってもっとこう……お互いに遠慮があるっていうか。お前らは距離の詰め方がナチュラルすぎるんだよな」
「もう、細かい分析しなくていいから!」
「まぁでも、めちゃくちゃ仲が良いのは確かだろ」
「うっ……」

 新那は思わず言葉に詰まった。
 反論したくても、できない。
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