箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
確かに最近の自分達は、学校でも家でも、ほぼ全ての時間を一緒に過ごしている。
朝の登校路も。
放課後の帰り道も。
お休みの日も。
気がつけば、自分のすぐ隣に零の姿があるのが当たり前になっていた。
そんな日常がすっかり身体に馴染んでいるからこそ、急に他人に指摘されると、どう返答していいか分からなくなってしまう。
「よし!」
相楽が切り替えるようにパンと手を叩き、満足そうに頷いた。
「キリがいいし、今日の練習はここまで! 解散!」
張り詰めていた文化祭準備の喧騒が、少しずつ、けれど一気に解けていく。
ガタガタと机を元に戻す音、椅子を引く床の音。
そんな賑やかな空気の中、伊織は鞄を肩に掛けながら振り返った。
「新那さん、神条君」
「あ、うん?」
「また明日ね。明日も頑張ろ」
いつもの柔らかな笑顔。新那もホッとしたように笑い返す。
「うん、また明日!」
「お疲れ様でした。気をつけて」
零もいつも通り、律儀に少しだけ頭を下げた。
それから伊織は、まだ黒板の前で大道具のメモと睨み合っている相楽の方を見る。
「相楽君、もう帰るよー」
「おいちょっと待て橋本! この城のセット、やっぱりもっと高さが必要じゃないか? 遠くの席から見えなくなるぞ」
「はいはい、その熱弁は明日にしよ?」
「いやしかし演劇とはだな!」
「明日」
「……はい」
即終了だった。
完全に伊織に手綱を握られ、引っ張られるようにして去っていく相楽の背中を見送る。
やがて、部屋にはすっかり静寂が戻った。
窓の外の景色は、鮮やかなオレンジ色の夕焼けから、静かな薄紫色へとグラデーションを変え始めている。
残っているのは、新那と零の二人だけ。
誰もいなくなった放課後の教室は、昼間よりも少しだけ広く、少しだけ冷たく感じられた。
新那は自分の席の椅子を引いて、どさりと腰掛ける。
「はぁー……疲れたぁ……」
完全にエネルギー切れといった様子で、机の上にくったりと突っ伏した。
零はそんな彼女の様子を横目で見守りながら、教卓や床に散らばった余分な台本を丁寧に集めて重ねていく。
「お疲れ様、お嬢」
「……零はいいよね。全然疲れないでしょ」
「ああ。俺の構造上、肉体的な疲労は一切発生しない」
「ホント羨ましい限り……」
「だが」
零は集めた台本の端をトントンと机で揃えながら、ぽつりと言った。
「精神的な疲労、というものの意味は、最近少し理解できるようになった気がする」
新那が机に顎を乗せたまま、不思議そうに顔を上げる。
「え?」
「今日の相楽の相手は、なかなかシステムに負荷が掛かる」
新那は思わず、ぶふっと吹き出してしまった。
「あはは! 分かる! 相楽君、スイッチ入ると凄まじいもんね」
「ああ。『感情を出せ』と要求されても、どのセクターから出力すればいいのか判断に苦しむ」
「ふふっ、まぁ零には難易度高めだよね」
新那が楽しそうに笑うと、零もそれにつられるように、ほんの少しだけ口元を緩めた。
しばらくの間、心地いい沈黙が流れる。
新那は肘をつき、だんだんと暗くなっていく窓の外を眺めながら、愛おしそうに呟いた。
「でもさ……文化祭、本当に楽しみだね」
「ああ」
「クラスの皆で一つの目標に向かってさ、あーでもないこーでもないって何かを作るのって、すっごく楽しい。私、こういうのずっと憧れてたんだ」
「……そうか」
「うん。だからさ、絶対に大成功させたいな。皆で笑って終わりたいじゃん?」
零は、答えなかった。
正確には、答えるための適切な言葉を出力できなかった。
文化祭本番まで、あと三週間。
その文字が、どうしても胸の奥に深く引っ掛かって取れない。
最近は、システムが起動している間中、ずっとそのことばかりが思考回路を占拠している。
「……零?」
新那の、少し低くなった声が聞こえた。
零はハッと我に返り、彼女を見る。
「どうしたの? またさっきみたいにボーッとして」
「いや。何でもない」
反射的に、ごく自然なトーンでそう答える。
だが、新那はじっと黙ったまま、零の瞳の奥を見透かすように見つめていた。
朝の登校路も。
放課後の帰り道も。
お休みの日も。
気がつけば、自分のすぐ隣に零の姿があるのが当たり前になっていた。
そんな日常がすっかり身体に馴染んでいるからこそ、急に他人に指摘されると、どう返答していいか分からなくなってしまう。
「よし!」
相楽が切り替えるようにパンと手を叩き、満足そうに頷いた。
「キリがいいし、今日の練習はここまで! 解散!」
張り詰めていた文化祭準備の喧騒が、少しずつ、けれど一気に解けていく。
ガタガタと机を元に戻す音、椅子を引く床の音。
そんな賑やかな空気の中、伊織は鞄を肩に掛けながら振り返った。
「新那さん、神条君」
「あ、うん?」
「また明日ね。明日も頑張ろ」
いつもの柔らかな笑顔。新那もホッとしたように笑い返す。
「うん、また明日!」
「お疲れ様でした。気をつけて」
零もいつも通り、律儀に少しだけ頭を下げた。
それから伊織は、まだ黒板の前で大道具のメモと睨み合っている相楽の方を見る。
「相楽君、もう帰るよー」
「おいちょっと待て橋本! この城のセット、やっぱりもっと高さが必要じゃないか? 遠くの席から見えなくなるぞ」
「はいはい、その熱弁は明日にしよ?」
「いやしかし演劇とはだな!」
「明日」
「……はい」
即終了だった。
完全に伊織に手綱を握られ、引っ張られるようにして去っていく相楽の背中を見送る。
やがて、部屋にはすっかり静寂が戻った。
窓の外の景色は、鮮やかなオレンジ色の夕焼けから、静かな薄紫色へとグラデーションを変え始めている。
残っているのは、新那と零の二人だけ。
誰もいなくなった放課後の教室は、昼間よりも少しだけ広く、少しだけ冷たく感じられた。
新那は自分の席の椅子を引いて、どさりと腰掛ける。
「はぁー……疲れたぁ……」
完全にエネルギー切れといった様子で、机の上にくったりと突っ伏した。
零はそんな彼女の様子を横目で見守りながら、教卓や床に散らばった余分な台本を丁寧に集めて重ねていく。
「お疲れ様、お嬢」
「……零はいいよね。全然疲れないでしょ」
「ああ。俺の構造上、肉体的な疲労は一切発生しない」
「ホント羨ましい限り……」
「だが」
零は集めた台本の端をトントンと机で揃えながら、ぽつりと言った。
「精神的な疲労、というものの意味は、最近少し理解できるようになった気がする」
新那が机に顎を乗せたまま、不思議そうに顔を上げる。
「え?」
「今日の相楽の相手は、なかなかシステムに負荷が掛かる」
新那は思わず、ぶふっと吹き出してしまった。
「あはは! 分かる! 相楽君、スイッチ入ると凄まじいもんね」
「ああ。『感情を出せ』と要求されても、どのセクターから出力すればいいのか判断に苦しむ」
「ふふっ、まぁ零には難易度高めだよね」
新那が楽しそうに笑うと、零もそれにつられるように、ほんの少しだけ口元を緩めた。
しばらくの間、心地いい沈黙が流れる。
新那は肘をつき、だんだんと暗くなっていく窓の外を眺めながら、愛おしそうに呟いた。
「でもさ……文化祭、本当に楽しみだね」
「ああ」
「クラスの皆で一つの目標に向かってさ、あーでもないこーでもないって何かを作るのって、すっごく楽しい。私、こういうのずっと憧れてたんだ」
「……そうか」
「うん。だからさ、絶対に大成功させたいな。皆で笑って終わりたいじゃん?」
零は、答えなかった。
正確には、答えるための適切な言葉を出力できなかった。
文化祭本番まで、あと三週間。
その文字が、どうしても胸の奥に深く引っ掛かって取れない。
最近は、システムが起動している間中、ずっとそのことばかりが思考回路を占拠している。
「……零?」
新那の、少し低くなった声が聞こえた。
零はハッと我に返り、彼女を見る。
「どうしたの? またさっきみたいにボーッとして」
「いや。何でもない」
反射的に、ごく自然なトーンでそう答える。
だが、新那はじっと黙ったまま、零の瞳の奥を見透かすように見つめていた。