箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
誰も、いなかった。
いつもならソファで気難しそうな顔をして新聞を読んでいるはずの父親も。
キッチンで完璧な手際で朝食の準備をしているはずの零も。
朝の陽光が虚しく差し込む広いリビングは、しんと静まり返っている。
「……え? なに、これ」
ダイニングテーブルの上には、お皿一枚すら並んでいない。キッチンにも人の気配はなく、ステンレスのシンクは冷たく乾いているしテレビも点いていなければ、父親が毎朝淹れるコーヒーの香りすら漂ってこない。
いつもなら温かいはずの広すぎる神条家の邸宅が、今は妙に冷たく、まるで主を失った廃屋のように感じられた。
「パパ? 何処にいるの?」
大声で呼んでも、やはり静寂が返ってくるだけ。
「零? 冗談ならやめてよ」
やっぱり、返事はない。
急激にせり上がってきた不安に突き動かされ、新那はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。零へ連絡しようとして――画面をタップする直前で、ハッと動きを止める。
「……そうだった」
零は一般的なスマートフォンなんて持っていないのだ。彼の通信機能は全て体内に内蔵されていて、回線は父親と直接繋がっている。そう本人が言っていた。
だから、お父様が近くにいない今の状況では、零と連絡を取り合う手段なんて、最初から存在しない。
理由の分からない恐ろしい胸騒ぎが、新那の心臓をゆっくりと、確実に締め付け始める。
昨日の放課後、零が見せたあの瞳。一瞬だけ、完全に体温の消え失せた機械のガラス玉に戻ってしまったあの瞬間。
「……何処行っちゃったの、二人とも」
その時だった。
――ガタンッ! バンッ!
突如として、誰もいないはずの静まり返った玄関の方から、激しい物音と何かがぶつかる音が響き渡った。
「っ!」
新那の肩がびくりと跳ね上がる。
続いて、ガチャリ、と重たい防犯仕様の玄関扉が開く音が聞こえた。
……誰かが、家に入ってきた。
心臓が、どくん、どくんと耳の奥でうるさいほどの音を立てて脈打ち始める。
(……誰? パパ? それとも、零……?)
いや、父親や零なら、こんな雑な音を立てて入ってくるはずがない。
じゃあ、空き巣? それとも、全く知らない誰か――。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、新那は意を決して、息を呑みながらリビングの扉から廊下へ顔を出した。
その、瞬間だった。
「新那――っ」
室内の張り詰めた空気を一瞬で跳ね飛ばすような、明るく、何処か泣き出しそうなほど懐かしい女性の声が、家中に響き渡った。
朝日の差し込む玄関口に立っていたのは、一人の大人の女性だった。
肩まで綺麗に伸びた、艶やかな美しい黒髪。
愛おしそうに目を細めて優しく微笑むその顔は――新那がこの数年間、自室のベッドサイドに置かれた写真の中でしか、触れることのできなかった最愛の人だった。
「……ママ……?」
新那の唇から、掠れた声が零れ落ちる。
女性は新那の姿を認めると、ぱっとその表情を世界で一番嬉しそうに輝かせた。そして、傍らに置かれた旅行用の大きなスーツケースのことも忘れて、愛おしい我が子に向かって両手を大きく広げる。
「ただいま、新那。……やっと、帰ってこれた」
その優しく温かい一言に。
那の全ての思考と、世界の時間は、完全に停止した。
いつもならソファで気難しそうな顔をして新聞を読んでいるはずの父親も。
キッチンで完璧な手際で朝食の準備をしているはずの零も。
朝の陽光が虚しく差し込む広いリビングは、しんと静まり返っている。
「……え? なに、これ」
ダイニングテーブルの上には、お皿一枚すら並んでいない。キッチンにも人の気配はなく、ステンレスのシンクは冷たく乾いているしテレビも点いていなければ、父親が毎朝淹れるコーヒーの香りすら漂ってこない。
いつもなら温かいはずの広すぎる神条家の邸宅が、今は妙に冷たく、まるで主を失った廃屋のように感じられた。
「パパ? 何処にいるの?」
大声で呼んでも、やはり静寂が返ってくるだけ。
「零? 冗談ならやめてよ」
やっぱり、返事はない。
急激にせり上がってきた不安に突き動かされ、新那はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。零へ連絡しようとして――画面をタップする直前で、ハッと動きを止める。
「……そうだった」
零は一般的なスマートフォンなんて持っていないのだ。彼の通信機能は全て体内に内蔵されていて、回線は父親と直接繋がっている。そう本人が言っていた。
だから、お父様が近くにいない今の状況では、零と連絡を取り合う手段なんて、最初から存在しない。
理由の分からない恐ろしい胸騒ぎが、新那の心臓をゆっくりと、確実に締め付け始める。
昨日の放課後、零が見せたあの瞳。一瞬だけ、完全に体温の消え失せた機械のガラス玉に戻ってしまったあの瞬間。
「……何処行っちゃったの、二人とも」
その時だった。
――ガタンッ! バンッ!
突如として、誰もいないはずの静まり返った玄関の方から、激しい物音と何かがぶつかる音が響き渡った。
「っ!」
新那の肩がびくりと跳ね上がる。
続いて、ガチャリ、と重たい防犯仕様の玄関扉が開く音が聞こえた。
……誰かが、家に入ってきた。
心臓が、どくん、どくんと耳の奥でうるさいほどの音を立てて脈打ち始める。
(……誰? パパ? それとも、零……?)
いや、父親や零なら、こんな雑な音を立てて入ってくるはずがない。
じゃあ、空き巣? それとも、全く知らない誰か――。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、新那は意を決して、息を呑みながらリビングの扉から廊下へ顔を出した。
その、瞬間だった。
「新那――っ」
室内の張り詰めた空気を一瞬で跳ね飛ばすような、明るく、何処か泣き出しそうなほど懐かしい女性の声が、家中に響き渡った。
朝日の差し込む玄関口に立っていたのは、一人の大人の女性だった。
肩まで綺麗に伸びた、艶やかな美しい黒髪。
愛おしそうに目を細めて優しく微笑むその顔は――新那がこの数年間、自室のベッドサイドに置かれた写真の中でしか、触れることのできなかった最愛の人だった。
「……ママ……?」
新那の唇から、掠れた声が零れ落ちる。
女性は新那の姿を認めると、ぱっとその表情を世界で一番嬉しそうに輝かせた。そして、傍らに置かれた旅行用の大きなスーツケースのことも忘れて、愛おしい我が子に向かって両手を大きく広げる。
「ただいま、新那。……やっと、帰ってこれた」
その優しく温かい一言に。
那の全ての思考と、世界の時間は、完全に停止した。