箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 体育館へと足を踏み入れると、ひんやりとした空気の中に、ワックスの匂いとパイプ椅子の鉄の匂いが混ざり合っていた。
 入り口でクラスごとの案内を受け、新那は自分の指定された列、指定された座席を見つけて腰を下ろした。
 その、僅か一秒後だった。

 ガタッ。

 すぐ右隣のパイプ椅子が、一切の迷いなく引かれた。
 新那は顔を動かさず、視線だけで隣を睨みつける。

「アール」
「はい、お嬢」
「なんで、当然のように私の隣に座ってるの」
「当機の受験番号、ならびに学籍番号は、お嬢の左隣に完全指定されています。システム上の相違はありません」

 確かに、彼のブレザーの胸元にピンで留められた受験票の番号は、新那の番号と連番になっていた。
 お父さんが学園のデータベースを書き換えたと言っていたのは、冗談でも何でもなかったらしい。
 あまりの用意周到さに反論する気力も失せ、新那の口からまたしても深い息が漏れた。
 するとその直後、周囲の席から、クスクスというさざ波のような微かな話し声が聞こえてきた。

「ねえ、ちょっと見て……」
「嘘、隣の男の子、ヤバくない?」
「モデル? 芸能人とかかな。同じクラスなんだけど……!」
「名前なんていうんだろう、超かっこいい……」

 前列や後列の女子生徒達が、あからさまにソワソワしながら、ちらちらとアールの方を振り返っている。
 当の本人は、そんな黄色い視線に全く気づいていない。というより、彼の人工知能(AI)には「他者からの好意的な視線」を処理するプログラムなど組まれていないのだろう。背筋を限界まで伸ばし、微動だにせず前方のステージを見つめている。
 その横顔は、あまりにも整いすぎていて、まるで美術館に展示されている精巧な人形のようだった。

「……」

 何故だか分からないが、新那の胸の奥に、モヤッとした小さな苛立ちが湧き上がった。
 中身はパパが作ったロボットのくせに。ただの監視役のくせに。周りの女の子達がそんな風にアールに目を奪われているのが、なんだか無性に腹立たしかった。
 新那はぷいっと前を向き、アールから意識を逸らすようにわざとらしく背筋を伸ばした。
 やがて保護者席も満席となり、体育館の重厚な扉が閉められる。
 教師達が慌ただしく動き回り、ざわざわとしていた空間が、張り詰めたような静寂へと変わっていく。
 いよいよ、入学式が始まる。
 隣には、呼吸すらしていない、感情を持たないアンドロイド。
 新那が中学の三年間、毎晩のようにベッドの中で想像していた「普通の高校生活」とは、少し違う。
 否、かなり――絶望的なまでに、違っていた。
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