箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 今日から高校生になる。
 父親の過保護な影は付いてきているけれど、それでも、ずっと憧れていた高校生活の幕が上がったのだ。
 胸の奥に灯ったキラキラとした期待だけは、アールの無機質な声でも消し去ることはできない。
 校舎の前に設置された大きな掲示板には、クラス分けの白い紙が張り出されており、無数の新入生達が群がっていた。

「うわぁ……凄い人……」

 思わず感嘆の声が漏れる。
 人、人、人。右を向いても左を向いても、自分の知らない、別の世界を生きてきた同世代の少年少女達ばかりだ。
 中学の三年間を孤独に過ごした新那にとって、それは目眩がするほどの熱気だったが、不思議と嫌な気はしなかった。むしろ、五感がチクチクと刺激されるような、心地よい興奮がある。
 ここから、新しい生活が始まるのだ。
 そう思うと、自然と新那の口元が緩み、満面の笑みが零れた。

「――警告。お嬢の表情筋に、急速な弛緩を確認。何か周囲に問題(トラブル)がありましたか」
「えっ?」

 現実に引き戻され、横を見る。いつの間にかアールが新那のすぐ隣に並び、その漆黒の瞳でこちらを凝視していた。

「問題の兆候として、お嬢の『笑顔』を確認しました。周囲の人間から何らかの精神的干渉、あるいは脅迫を受けた形跡はありませんか。必要であれば即座に周囲の視線を遮断しますが」
「……別に、問題じゃないよ。ただ、楽しみだなって思っただけ」
「そうですか。感情の発生。了解しました」

 そこで会話はバツンと終了した。本当に会話のキャッチボールが続かない。
 せっかくのウキウキした気分を冷まされた新那は、心の中で小さく嘆息した。
 そんな遣り取りをしているうちに、スピーカーからピーンポーンパーンポーンと爽やかな校内放送が流れた。

『新入生の皆さんは、クラスごとに整列し、体育館へ移動してください』
「あ、入学式が始まる」

 周囲の生徒達が、一斉に体育館へと動き始める。新那もその大きな波に流されるようにして歩き出した。
 体育館へと続く渡り廊下を進む。周囲には、まだ借りてきた猫のように緊張した表情を浮かべる新入生や、同じ中学出身なのか、すでに楽しそうに固まって話しているグループ。その後ろを、誇らしげに見守る保護者達の姿。
 皆、それぞれの「普通」を生きている。
 ただ、新那の周囲だけは、決定的に何かが違っていた。

「……」

 新那のちょうど三メートル後ろ。
 アールは周囲の喧騒など一切耳に入っていないかのように、姿勢正しく、ただ新那の後頭部だけを監視しながら歩いている。
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