箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 せめて、クラスだけでも別であってほしかった。
 席だけでも教頭先生の目の届く一番前とか、私から最も遠い対角線の位置に離れていてほしかったところ。
 だが、現実は新那のささやかな願いをこれっぽっちも聞き入れてはくれない。
 同じクラス。それどころか、授業中に私が居眠りしようものなら、確実に後頭部にそのレーザーのような視線を浴び続けることになる「真後ろ」の席。
 完璧なまでのチェックメイト。完全に逃げ場を失った。

「最悪……私の青春、初日にして完全終了のお知らせじゃん……」
「警告。お嬢のバイタルが再び低下。精神的、あるいは肉体的な体調不良ですか」
「違う……」
「しかし、顕著な顔色の輝度低下を確認しています」
「だから、それは全部アールのせいだってば!」
「原因の特定に失敗しました。当機の防衛プロトコルは、お嬢にストレスを与える要因を全て排除するよう最適化されています。よって、当機が原因である可能性はゼロです」
「だろうね……アールのAIには『私の気苦労』なんてデータ、入ってないもんね……」

 新那が机に顔を埋めたまま、本日最大級の深い、深い溜息を漏らした、その時だった。

「え、あ、あ、あのっ……!  ええっと!」

 突然、新那のすぐ斜め後ろから、ひっくり返りそうなほどにやけに上擦った声が響いた。
 高い、女の子の声だ。
 新那は弾かれたようにガバッと顔を上げた。慌てて振り返ると、そこには一人の少女が、教科書を胸にぎゅっと抱きしめた状態で立っている。
 肩のあたりで綺麗に切り揃えられた栗色の髪に、くりくりとした大きな、ぱっちりとした瞳。何処となく、怒られたばかりのリスか小動物を連想させるような、可愛らしい雰囲気の女の子だ。
 そして何より、彼女の顔は、熟しきったトマトのように真っ赤に染まっていた。

「そのっ……!  さ、さっきは!  体育館で……!」

 少女は、ぶるぶると小刻みに震える人差し指で、新那の後ろに立つアールを指差した。
 緊張のあまり心臓が口から飛び出そうなのか、言葉が上手く紡げないらしい。

「はい」

 対するアールは、相変わらずガラス玉のような無機質な瞳で、至って冷静に――というか、何の興味もなさそうに一言だけ答えた。
 少女はアールのその圧倒的な美貌と冷たいオーラに一瞬だけ怯んだようだったが、すぐに勇気を振り振るうように両方の拳をきゅっと握り締めた。

「助けてくれて、本当にありがとうございましたっ!」

 勢いよく、直角に近い角度で頭を下げた。
 その声の大きさに、ざわざわとしていた教室の空気が一瞬だけピタリと止まる。
 周囲の席にいた別の新入生達も、「何事だ?」と好奇の視線をこちらへと向けていた。
 新那は目を丸くして、その女の子の顔を凝視した。
 見覚えがある。間違いない。さっきの入学式の最中、新那の数列前で脳貧血を起こして倒れかけ、アールに神速でラグビーのようにお姫様抱っこ(正確には超精密なキャッチ)をされた、あの女子生徒だ。

「あ……!」

 新那が思わず声を漏らす。
 頭を下げていた少女は、その声に反応して顔を上げ、アールからスライドするようにして新那の顔を見た。

「あっ!?」

 少女の大きな瞳が、さらに一回り大きく見開かれる。
 彼女は新那の制服の胸元と、その顔を何度も往復するように見つめ、確信を得たようにポンと手を叩いた。

「あ、あの時の……!  体育館で、このかっこいい男の子の、隣の席に座ってた子……!?」

 何故かアールへの感謝の勢いそのままに、新那に対しても強烈なロックオンを仕掛けてきた少女。
 まさかの「被救助者」との再会。そして、アールのせいで完全に詰んだと思っていた教室の中で、初めて同世代の女の子から話し掛けられた瞬間だった。
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