箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
しばらくノスタルジックな音楽室の雰囲気を満喫した後、三人は再び静まり返った廊下へと出た。
リノリウムの階段を一段ずつ下りていく。
三階から二階。そして、一階へ。
莉子の先導で、普段はあまり生徒が立ち入らないであろう、特別棟の最奥へと進んでいく。
「ん……? 何、これ」
新那がふと、違和感を覚えて足を止めた。
薄暗い廊下の先。そこには、左右の壁を繋ぐようにして、一本の黄色いロープが厳重に張られていた。そのロープの向こう側には、床の木材が明らかに古びた、薄暗い渡り廊下が奥へと続いている。
今まで見てきた白く洗練された校舎とは、明らかに空気が違っていた。
少し埃っぽく、少し冷たい。まるでそこだけ、時間が数十年前で止まっているかのような異質な空間。
「何あれー?」
新那の視線を追って、莉子もその場所に気づいたらしい。
「立入禁止区域……?」
ロープの中央には、パタパタと風に揺れるプラスチック製の札が掛けられていた。
【 立入禁止 / 関係者以外進入不可 】
「へぇ……へえええー!」
その文字を読んだ瞬間、莉子のくりくりとした瞳が、今日一番の怪しい輝きを放ち始めた。
新那の脳内で、最大級の警報が鳴り響く。嫌な予感しかしない。
「ねえ、新那ちゃん……!」
「駄目だよ、莉子ちゃん」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「絶対に『中に入ってみよう』って言うと思った」
「ちょっとだけ! ロープの隙間から向こう側を覗き見するだけだから!」
「だーーーーめ!」
新那は即座に拒否権を発動した。しかし、好奇心の化身である莉子がこれしきで諦めるはずもない。
彼女はロープのギリギリまで身体を近づけ、つま先立ちになって向こう側の闇をじっと覗き込んだ。
「これ、もしかして噂の『旧校舎』ってやつかなあ」
「……そんな感じだね。すごく古そう」
確かに、壁の塗装はあちこち剥げかけているし、窓ガラスも長年の埃で白く曇っている。
ちょうど夕方が沈みかけ、夜の気配が混ざり始める時間帯ということもあって、渡り廊下の奥は底知れない薄暗さに包まれていた。
「なんか……出そうだね、ここ」
莉子がわざとらしく声を潜め、不気味なトーンで囁く。
「ちょっと、怖いこと言わないでよ……」
新那は思わず自分のブレザーの袖をきゅっと掴み、身を縮めた。
オカルトの類はあまり得意ではないのだ。
「こういう古い場所って、絶対いるんだよ。夜な夜な廊下を徘徊する、髪の長い幽霊とか……」
「やめてってば!」
「時計の針が十二時を指すと、誰もいない美術室の絵が動くんだよ。絶対出るよ、ここ!」
「もう、やめてってば莉子ちゃん!」
新那が本気で半泣きになりながら莉子の腕を引っ張った、まさにその時。
背後から、一切の感情を排したアールの極めてフラットな美声が響き渡った。
「――お嬢、安心してください」
「え……?」
新那が恐る恐る振り返ると、アールはロープの向こうの闇を見据えたまま、その切れ切れの瞳を微かに発光させていた。
「当機の赤外線・生体スキャン、および空間電磁波索敵プロトコルを実行しました。前方五十メートル以内における、異常熱源反応、人間反応、ならびに霊的現象を示唆する異常電波反応はともに確認できません。全て正常値、すなわちクリアです」
廊下に数秒間の完全な沈黙が訪れた。
莉子は、今度こそ完全に動きを止め、ぽかんと口を開けたままアールの顔を見上げている。
「……ねえ、神条君」
「はい、犬丸莉子」
「その、ハイテクすぎる機械みたいな言い方されるとさ……」
莉子は引き攣った笑みを浮かべ、自身の肩を抱くようにしてぶるりと身震いした。
「逆に、科学の力で証明できない『ヤバい何か』が潜んでるみたいで、余計に怖いんだけど……!」
リノリウムの階段を一段ずつ下りていく。
三階から二階。そして、一階へ。
莉子の先導で、普段はあまり生徒が立ち入らないであろう、特別棟の最奥へと進んでいく。
「ん……? 何、これ」
新那がふと、違和感を覚えて足を止めた。
薄暗い廊下の先。そこには、左右の壁を繋ぐようにして、一本の黄色いロープが厳重に張られていた。そのロープの向こう側には、床の木材が明らかに古びた、薄暗い渡り廊下が奥へと続いている。
今まで見てきた白く洗練された校舎とは、明らかに空気が違っていた。
少し埃っぽく、少し冷たい。まるでそこだけ、時間が数十年前で止まっているかのような異質な空間。
「何あれー?」
新那の視線を追って、莉子もその場所に気づいたらしい。
「立入禁止区域……?」
ロープの中央には、パタパタと風に揺れるプラスチック製の札が掛けられていた。
【 立入禁止 / 関係者以外進入不可 】
「へぇ……へえええー!」
その文字を読んだ瞬間、莉子のくりくりとした瞳が、今日一番の怪しい輝きを放ち始めた。
新那の脳内で、最大級の警報が鳴り響く。嫌な予感しかしない。
「ねえ、新那ちゃん……!」
「駄目だよ、莉子ちゃん」
「まだ何も言ってないじゃん!」
「絶対に『中に入ってみよう』って言うと思った」
「ちょっとだけ! ロープの隙間から向こう側を覗き見するだけだから!」
「だーーーーめ!」
新那は即座に拒否権を発動した。しかし、好奇心の化身である莉子がこれしきで諦めるはずもない。
彼女はロープのギリギリまで身体を近づけ、つま先立ちになって向こう側の闇をじっと覗き込んだ。
「これ、もしかして噂の『旧校舎』ってやつかなあ」
「……そんな感じだね。すごく古そう」
確かに、壁の塗装はあちこち剥げかけているし、窓ガラスも長年の埃で白く曇っている。
ちょうど夕方が沈みかけ、夜の気配が混ざり始める時間帯ということもあって、渡り廊下の奥は底知れない薄暗さに包まれていた。
「なんか……出そうだね、ここ」
莉子がわざとらしく声を潜め、不気味なトーンで囁く。
「ちょっと、怖いこと言わないでよ……」
新那は思わず自分のブレザーの袖をきゅっと掴み、身を縮めた。
オカルトの類はあまり得意ではないのだ。
「こういう古い場所って、絶対いるんだよ。夜な夜な廊下を徘徊する、髪の長い幽霊とか……」
「やめてってば!」
「時計の針が十二時を指すと、誰もいない美術室の絵が動くんだよ。絶対出るよ、ここ!」
「もう、やめてってば莉子ちゃん!」
新那が本気で半泣きになりながら莉子の腕を引っ張った、まさにその時。
背後から、一切の感情を排したアールの極めてフラットな美声が響き渡った。
「――お嬢、安心してください」
「え……?」
新那が恐る恐る振り返ると、アールはロープの向こうの闇を見据えたまま、その切れ切れの瞳を微かに発光させていた。
「当機の赤外線・生体スキャン、および空間電磁波索敵プロトコルを実行しました。前方五十メートル以内における、異常熱源反応、人間反応、ならびに霊的現象を示唆する異常電波反応はともに確認できません。全て正常値、すなわちクリアです」
廊下に数秒間の完全な沈黙が訪れた。
莉子は、今度こそ完全に動きを止め、ぽかんと口を開けたままアールの顔を見上げている。
「……ねえ、神条君」
「はい、犬丸莉子」
「その、ハイテクすぎる機械みたいな言い方されるとさ……」
莉子は引き攣った笑みを浮かべ、自身の肩を抱くようにしてぶるりと身震いした。
「逆に、科学の力で証明できない『ヤバい何か』が潜んでるみたいで、余計に怖いんだけど……!」