箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
新那の視線の端、正確には莉子のすぐ後ろの席に、周囲の喧騒から完全に隔離されたように『静止』している人影が映り込んだ。
アールである。
彼は椅子に座り、膝の上に両手を綺麗に重ねたまま、微動だにしていない。
周りの生徒達が机をくっつけてお弁当を広げる中、彼の机の上だけはノート一冊すらなく、完全な空白だった。
「……」
「……」
「……」
動かない。瞬きすらしているか怪しい。本当に、ガラスの彫刻のように静まり返っている。
新那は流石に見兼ねて、お箸を持ったまま小声で声を掛けた。
「ねぇ、アール。……ご飯、食べないの?」
「――必要ありません。当機に摂食プロトコルは実装されていません」
相変わらずの、ブレのない即答だった。
案の定、隣で卵焼きを口に運ぼうとしていた莉子が、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 神条君、お昼ご飯食べないの? もしかして、すっごく少食なタイプ?」
「そういうわけではありません。物質を咀嚼し、胃袋へ流し込むというプロセス自体が、俺の構造上、存在しないためです」
「じゃあ、 もしかして、今流行りの過酷なダイエット中とか?」
「違います。そもそも当機には脂肪を蓄積する細胞が存在しません」
「ええ? じゃあなんで何も食べないの?」
「先述した通り、エネルギー補給における『摂食』の必要性が、一切ないためです」
カタ、と新那の箸が止まった。
背中にツーツーと冷や汗が伝う。危ない。非常に、致命的に危ない。
このまま莉子の純粋な質問に、アールが仕様書通りのマジレスを返し続ければ、確実に「こいつ人間じゃないのでは?」という領域に足を踏み入れてしまう。
「あ、あははは! 莉子ちゃん、もういいの! アール、ちょっと変わってるでしょ?」
新那は強引に会話のド真ん中へと割り込んだ。
「ほら、中二病の設定だから! 『俺は光合成で生きているから飯は食わん』みたいな、そういう面倒くさい縛りプレイをしてるだけだから気にしないで!」
莉子は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに「あー、なるほど!」と深く納得したように頷いた。
「そっか、キャラ維持のための絶食! 徹底してるなぁ……」
納得した。本当に、莉子ちゃんのこの「変わっている」をすべて中二病で処理してくれる圧倒的なスルー能力は、我が家の国家機密を守る上で便利すぎる。
確かに変わっている。アールは事実しか言っていないし、新那も嘘はついていない(アンドロイドという事実を隠しているだけだ)。
「でもさ、神条君。本当にお腹、空いたりしないの?」
「はい。空腹という感覚、及びそれに伴う不快感は、俺のシステムには発生しません」
「すごっ! 燃費良すぎじゃない!?」
莉子は純粋に感心している。アールは感情のない瞳のまま、淡々と事実を出力した。
「極めて効率的です。個体識別としての維持費、及び食事に割く時間を他のタスクへ割り振ることが可能です」
「うわぁ、それ、人生の楽しさを半分くらい損してるよ!」
「……? 何故、でしょう。物質の補給に『楽しさ』という概念が付随する理由が、論理的に特定できません」
「だって、ご飯って美味しいじゃん! 美味しいもの食べると幸せハッピーになるじゃん!」
「理解不能です。味覚信号はただの電気データであり、感情を左右する要因にはなり得ません」
莉子は「うわぁ……重症だぁ……」と大袈裟に肩を落とし、哀れみの視線をアールに送った。
「可哀想に……。今度、私が美味しい卵焼きの味、叩き込んであげるからね……」
アールは、その端正な顔立ちをピクリとも動かさず、画面がフリーズしたかのように理解不能という顔をしていた。
否、表情そのものは変わっていないはずなのに、彼の放つオーラが「この有機生命体は何を言っているんだ?」と困惑しているように見えるから不思議だ。
アールである。
彼は椅子に座り、膝の上に両手を綺麗に重ねたまま、微動だにしていない。
周りの生徒達が机をくっつけてお弁当を広げる中、彼の机の上だけはノート一冊すらなく、完全な空白だった。
「……」
「……」
「……」
動かない。瞬きすらしているか怪しい。本当に、ガラスの彫刻のように静まり返っている。
新那は流石に見兼ねて、お箸を持ったまま小声で声を掛けた。
「ねぇ、アール。……ご飯、食べないの?」
「――必要ありません。当機に摂食プロトコルは実装されていません」
相変わらずの、ブレのない即答だった。
案の定、隣で卵焼きを口に運ぼうとしていた莉子が、不思議そうに首を傾げる。
「あれ? 神条君、お昼ご飯食べないの? もしかして、すっごく少食なタイプ?」
「そういうわけではありません。物質を咀嚼し、胃袋へ流し込むというプロセス自体が、俺の構造上、存在しないためです」
「じゃあ、 もしかして、今流行りの過酷なダイエット中とか?」
「違います。そもそも当機には脂肪を蓄積する細胞が存在しません」
「ええ? じゃあなんで何も食べないの?」
「先述した通り、エネルギー補給における『摂食』の必要性が、一切ないためです」
カタ、と新那の箸が止まった。
背中にツーツーと冷や汗が伝う。危ない。非常に、致命的に危ない。
このまま莉子の純粋な質問に、アールが仕様書通りのマジレスを返し続ければ、確実に「こいつ人間じゃないのでは?」という領域に足を踏み入れてしまう。
「あ、あははは! 莉子ちゃん、もういいの! アール、ちょっと変わってるでしょ?」
新那は強引に会話のド真ん中へと割り込んだ。
「ほら、中二病の設定だから! 『俺は光合成で生きているから飯は食わん』みたいな、そういう面倒くさい縛りプレイをしてるだけだから気にしないで!」
莉子は一瞬ぽかんとしていたが、すぐに「あー、なるほど!」と深く納得したように頷いた。
「そっか、キャラ維持のための絶食! 徹底してるなぁ……」
納得した。本当に、莉子ちゃんのこの「変わっている」をすべて中二病で処理してくれる圧倒的なスルー能力は、我が家の国家機密を守る上で便利すぎる。
確かに変わっている。アールは事実しか言っていないし、新那も嘘はついていない(アンドロイドという事実を隠しているだけだ)。
「でもさ、神条君。本当にお腹、空いたりしないの?」
「はい。空腹という感覚、及びそれに伴う不快感は、俺のシステムには発生しません」
「すごっ! 燃費良すぎじゃない!?」
莉子は純粋に感心している。アールは感情のない瞳のまま、淡々と事実を出力した。
「極めて効率的です。個体識別としての維持費、及び食事に割く時間を他のタスクへ割り振ることが可能です」
「うわぁ、それ、人生の楽しさを半分くらい損してるよ!」
「……? 何故、でしょう。物質の補給に『楽しさ』という概念が付随する理由が、論理的に特定できません」
「だって、ご飯って美味しいじゃん! 美味しいもの食べると幸せハッピーになるじゃん!」
「理解不能です。味覚信号はただの電気データであり、感情を左右する要因にはなり得ません」
莉子は「うわぁ……重症だぁ……」と大袈裟に肩を落とし、哀れみの視線をアールに送った。
「可哀想に……。今度、私が美味しい卵焼きの味、叩き込んであげるからね……」
アールは、その端正な顔立ちをピクリとも動かさず、画面がフリーズしたかのように理解不能という顔をしていた。
否、表情そのものは変わっていないはずなのに、彼の放つオーラが「この有機生命体は何を言っているんだ?」と困惑しているように見えるから不思議だ。