箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 春の瑞々しい日差しが容赦なく降り注ぐグラウンドは、土の匂いと熱を帯びた風で満ちていた。
 賑やかだった昼休みが終わり、いよいよ五時間目、高校に入って初めての体育の授業が始まろうとしていた。
 クラスメイト達は真新しい紺色の体操服に身を包み、それぞれ指定されたバックネット裏の定位置へと集まっていく。

「うへぇ、体育かぁ……」

 莉子が頭の後ろでポニーテールを揺らしながら、物憂い気な顔で大きく伸びをした。

「莉子ちゃん、もしかして運動苦手?」

 隣でクツの紐を結び直していた新那が、顔を上げて訊ねる。

「苦手!  絶望的に苦手!」

 これ以上ないほど清々しい即答だった。

「じゃあ、身体を動かすこと自体が嫌いなの?」
「嫌いではない!  むしろ鬼ごっこなら無限にできるタイプ!」
「あはは、じゃあ結局どっちなのさ」
「自分でも分かんない!」
 
 元気よく胸を張る莉子の底抜けの明るさに、新那は思わず笑ってしまう。
 するとその時、拡声器を手にした体育教師の鋭いホイッスルが鳴り響いた。

「――よし、一年B組集まれ!  男子はサッカーコートへ移動!  女子はバックネット前に集合だ!」

 その指示を合図に、ワラワラと生徒たちが二手に分かれて移動を開始する。
 どうやら女子はソフトボール、男子はサッカーを行うらしい。

「行こう行こう、新那ちゃん!  運動神経いい人にくっついておこーっと!」

 莉子が新那の腕をギュッと引く。新那も「もう、しょうがないなぁ」と頷いて歩き出そうとした――その時だった。
 ザッ、ザッ、ザッ……。
 背後から、一切のブレがない、聞き慣れすぎた一定のリズムの足音が近づいてくる。

(……嘘でしょ)

 嫌な予感しかしない。新那は引き攣った顔のまま、恐る恐る肩越しに振り返った。
 案の定だった。アールが当然のような顔をして、女子のソフトボールの列の最後尾にピタリと付いてきているのだ。
 男子用のハーフパンツから伸びる、無駄のない長い脚がやけにグラウンドで浮いている。

「……ちょっと、アール。何してるのよ」
「――移動です」
「何処へ?」
「お嬢の方へ」

 大真面目な顔で、まるで「一足す一は二です」とでも言うかのように平然と言い放った。

「駄目でしょ!?  男子は向こうのサッカーコートだよ!」

 新那は周囲に聞こえないよう、声を潜めながらも全力で突っ込んだ。

「男女別々の授業なの!  分かる!?」
「授業のカリキュラム、及びクラスの空間割はすでにスキャンし、認識しています」
「なら、なんでこっちに付いて来るの!」
「――護衛対象の、身体的安全確保を最優先するためです」

 相変わらずの、大理石のような完璧な真顔。アールは至って本気(マジ)だった。

「統計データによると、体育の授業中における生徒の負傷率は、座学に比べて四百二十%上昇します。お嬢の安全を担保する必要があります」
「そんな過剰なデータ持ち出さないでよ!  負傷なんてしないから!」
「転倒による裂傷、および打撲の危険性」
「転ばない!」
「打球事故による脳震盪(のうしんとう)の危険性」
「当たらない!」
「他生徒との接触による足首の捻挫」
「ないってば!  もう、いいから男子の方に行きなってば!」

 二人のやり取りを特等席で見ていた莉子が、ついに耐えかねたように破顔した。

「ぷっ、くくく……っ!  あははは!  神条君、本当に最高に面白いね!」
「――否定します。俺は面白さを意図した発言はしていません。純粋なリスクマネジメントです」
「もう!  その、大真面目にズレてるところが一番面白いんだってば!」

 新那が頭を抱えて「誰かこのロボットを止めて……」と天を仰いでいると。

「おーーい!  神条ーー!」

 遠くのサッカーコート側から、複数の男子グループの声が飛んできた。

「何女子の列に混ざってんだよー!  こっち来いよ、チーム決めやるぞー!」

 同じクラスの男子達が、手招きしながら笑っている。
 アールはその端正な容姿と妙なキャラクター(?)のせいで、すでに男子の間でも妙な注目を集めているらしかった。
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