箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
 アールは、呼ばれた男子グループの方をじっと見つめる。
 それから、目の前の新那を見つめる。
 また男子たちを見る。
 そのまま数秒間、CPUの処理が追いつかないかのように、砂浜に突き刺さった杭のように動かなくなった。

「……なんでそこで迷うの」
「――最優先タスク(お嬢の防衛)と、集団行動における同調圧力の、どちらを優先すべきか判断中です」
「判断するまでもないでしょ!  集団行動に行って!」

 新那は盛大に溜息を吐いた。けれど、ただ怒るだけではこの頑固なAIが納得しないことも、この数日間で十分に学習している。
 新那は少しだけトーンを落とし、真っ直ぐにアールの黒い瞳を見つめた。

「……大丈夫だから」

 そう言って、少しだけ安心させるように笑ってみせる。

「怪我なんてしないよ。私、これでも体育くらいは普通にできるから。だからアールも、普通に男子のサッカー、楽しんできなよ」

 暖かな春の風がグラウンドを吹き抜け、二人の足元の土を白く薄く舞い上げた。
 アールは新那の笑顔を、まるでその網膜のカメラに永遠に記録するかのようにじっと見つめ――やがて。

「……分かった」

 ポツリと、アールが呟いた。
 新那は、少しだけ目を丸くして瞬きをした。
 今までの彼なら、確実に「了解しました」あるいは「マスターコマンドを承認」と無機質に答えていたはずだ。
 けれど、今の彼は違った。
 昨日の夕暮れ時の約束をなぞるように、ほんの少しだけ、言葉の角が取れている。 
 アール自身は、それがただの条件反射のログ書き換えだと思っていて、何の変化にも気づいていないだろう。
 新那も、それを深く追及することはしなかった。ただ、胸の奥がほんの少しだけ擽ったいような、彼が「自然」になってくれたような、優しい感覚が広がっていた。

「……じゃあ、行ってくる」
「うん。がんばってね」

 アールは小さく頷くと、男子達の待つサッカーコートへと向かって、大きな歩幅で歩き出していった。
 その背中を見送っていると、すぐ隣から、じっとりとした強烈な視線を感じた。
 隣を見れば、莉子がこれ以上ないほどニヤニヤとした、邪悪()な笑みを浮かべて新那の横顔を覗き込んでいる。

「……何、その顔」
「いやぁ?  別にぃ?」
「絶対に何か思ってるでしょ。その顔やめて」
「だってさぁ、やっぱり二人ってすっごく仲良しだなーって思って」
「違うってば。さっきも言ったでしょ」

 新那は顔を赤くしながら即答する。

「そうかなぁ?」
「そうだよ」
「でもさ、神条君、新那ちゃんのことばっかり見てるじゃん。さっきだって、新那ちゃんが『大丈夫』って言った瞬間、なんか嬉しそうだったし」
「それは……ただの、過保護な護衛(設定)だからでしょ」
「ふーん?  まあ、そういうことにしておいてあげる!」

 絶対に一ミリも納得していない顔で、莉子は笑った。
 新那はそれ以上の追求を逃れるために、あえて大きな声で「ほら、ソフトボール始まるよ!」と話を逸らし、無視することに決めた。
 そうして始まった、女子のソフトボールの授業。
 キャッチボール、簡単な守備練習、そしてバッティング。
 ずっと室内で過ごすことの多かった新那にとって、外で思いきり身体を動かすのは久しぶりだったが、持ち前の運動神経のおかげか、意外なほど身体はスムーズに動いてくれた。
 一方で、莉子はといえば、新那の予想を裏切らない見事なポンコツっぷりを発揮していた。

「きゃっ!?」

 と言っては飛んできたボールを取り損ねてグラウンドを転がり、

「わわっ!?」

 と言ってはフライを追いかけて自分の足で縺れて転びそうになり、

「ひゃうっ!?」

 とバットを振った勢いで、自分の帽子を前方へとパァンと飛ばしている。
 忙しい。とにかく、一挙手一投足が全力で大忙しなのだ。けれど、その度に周囲の女子達からはドッと温かい笑いが起き、莉子自身も「あれー!?」と笑っている。新那も、お腹が痛くなるほどつられて笑ってしまった。
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