箱入り娘は無感情ボディーガードに護られたい
しかし、アールは本気で「この有機生命体は何をそんなに怒っているんだ?」という顔をしていた。いや、実際はミリ単位も表情は変わっていないのだが、彼の瞳の明滅パターンでなんとなく分かってしまう。
「不合理な主張だ。私はお嬢の健康管理のため、三囲を含む全ての身体情報を既にデータとして把握している――」
「さいっあくっ! 頼むから、今すぐその口を閉じて!」
新那は脱衣所に響き渡るような大声で叫んだ。心臓が、走った後とは違う別の理由でバクバクと暴れている。
アールはピタッと口を噤んだ。彼の脳内で「これ以上の発言はお嬢の精神的ストレスを最大化させる」という失言判定のフラグが立ったのだろう。
「――出力を訂正する」
「しなくていい! 忘れて!」
「……申し訳――」
そこで、アールの言葉が一度、不自然に止まった。
彼はほんの一瞬だけ視線を泳がせ、脳内の言語サーバーから「最適」とされる新しいコードを引っ張り出すと、少しだけ声を低くして言った。
「……ごめん」
新那は、パチパチと目を瞬いた。
今の。
今のは――。
「……」
「……」
脱衣所の前に、妙な静寂が流れる。
アール本人は、自分が犯した「お堅い謝罪」のログを、新那の望む「友達っぽい謝罪」へと変換しただけなので、何の感動も気恥ずかしさもなく、至って普通の顔で立っている。
けれど、そのあまりにもぎこちなくて、けれど一生懸命に「普通」を模索している彼の姿が、新那のツボを直撃した。
新那は耐えかねたように、思わず吹き出してしまった。
「……クスクス、あははは!」
「何が面白い」
「ううん、いや、なんでもない!」
新那は笑いながら、頭の上のタオルを揺らして首を振る。
「別に、なんでもないってば」
なんだろう、これ。
少し前までなら、彼のこういう空気を読まない機械的な発言やストーカーまがいの行動は、ただ鬱陶しくて、プライバシーの侵害で、イライラするだけの手が焼けるお荷物だったはずなのに。
今は、彼のズレた優しさが少しだけ面白い。
少しだけ。本当に、爪の先ほどだけれど――愛おしい、なんて思ってしまっている自分がいる。
「じゃあ、本当に入ってくるから。そこで待ってて」
「うん」
アールが、短く答える。
新那は脱衣所の扉を開き、その向こう側の空間へと足を踏み入れた。
扉を閉める直前、何気なく、もう一度だけ振り返る。
薄暗い廊下にポツンと立つアールは、いつも通りの無表情で、いつも通りの血の通わない冷たい機械のまま。
それなのに、閉まった扉の向こう側で、新那は自分の右手をそっと胸元に抱き締めた。
激しい雨の中で、彼にぎゅっと力強く引かれた時の、あの冷たくて、けれどどうしようもないくらいに温かかった感触が、今もまだ、新那の掌に熱を持つようにして、消えずに残り続けていた。
「不合理な主張だ。私はお嬢の健康管理のため、三囲を含む全ての身体情報を既にデータとして把握している――」
「さいっあくっ! 頼むから、今すぐその口を閉じて!」
新那は脱衣所に響き渡るような大声で叫んだ。心臓が、走った後とは違う別の理由でバクバクと暴れている。
アールはピタッと口を噤んだ。彼の脳内で「これ以上の発言はお嬢の精神的ストレスを最大化させる」という失言判定のフラグが立ったのだろう。
「――出力を訂正する」
「しなくていい! 忘れて!」
「……申し訳――」
そこで、アールの言葉が一度、不自然に止まった。
彼はほんの一瞬だけ視線を泳がせ、脳内の言語サーバーから「最適」とされる新しいコードを引っ張り出すと、少しだけ声を低くして言った。
「……ごめん」
新那は、パチパチと目を瞬いた。
今の。
今のは――。
「……」
「……」
脱衣所の前に、妙な静寂が流れる。
アール本人は、自分が犯した「お堅い謝罪」のログを、新那の望む「友達っぽい謝罪」へと変換しただけなので、何の感動も気恥ずかしさもなく、至って普通の顔で立っている。
けれど、そのあまりにもぎこちなくて、けれど一生懸命に「普通」を模索している彼の姿が、新那のツボを直撃した。
新那は耐えかねたように、思わず吹き出してしまった。
「……クスクス、あははは!」
「何が面白い」
「ううん、いや、なんでもない!」
新那は笑いながら、頭の上のタオルを揺らして首を振る。
「別に、なんでもないってば」
なんだろう、これ。
少し前までなら、彼のこういう空気を読まない機械的な発言やストーカーまがいの行動は、ただ鬱陶しくて、プライバシーの侵害で、イライラするだけの手が焼けるお荷物だったはずなのに。
今は、彼のズレた優しさが少しだけ面白い。
少しだけ。本当に、爪の先ほどだけれど――愛おしい、なんて思ってしまっている自分がいる。
「じゃあ、本当に入ってくるから。そこで待ってて」
「うん」
アールが、短く答える。
新那は脱衣所の扉を開き、その向こう側の空間へと足を踏み入れた。
扉を閉める直前、何気なく、もう一度だけ振り返る。
薄暗い廊下にポツンと立つアールは、いつも通りの無表情で、いつも通りの血の通わない冷たい機械のまま。
それなのに、閉まった扉の向こう側で、新那は自分の右手をそっと胸元に抱き締めた。
激しい雨の中で、彼にぎゅっと力強く引かれた時の、あの冷たくて、けれどどうしようもないくらいに温かかった感触が、今もまだ、新那の掌に熱を持つようにして、消えずに残り続けていた。