ふたつの時を、重ねていく【『ふたつの弧が、重なるとき』番外編/不定期更新中】
 中学最終年の四月。修学旅行で、東京にやってきた。
 僕が小学校に上がる前、家族で訪れたとき以来だ。

 バスがどれだけ走っても、窓から見える街はどこも活気があって驚かされる。
 道行く人たちは誰もが洗練されていて、自分たちの学生服姿がひどく浮いているように感じた。

 二泊三日の非現実的な時間も、今日で最後。
 このあとの観光地を巡り終えたら帰路につき、また野球中心の日常に戻る。
 三日間も白球に触れていないと、そわそわして落ち着かなかった。

 ◇

「うおー! すげー!」

 世界一高いという電波塔の真下で、男子たちが無邪気に騒いでいる。
 首が痛くなるくらいに上を向かないと、全貌が見えないほどの高さだ。

 そこからまた少し移動し、歴史ある大きなお寺に着いた。
 巨大な赤塗りの提灯をバックに、クラスごとに並んでカメラマンに写真を撮ってもらった。

 自由行動になり、両脇に食べ物や雑貨を売る店がずらりと立ち並ぶ長い参道に入る。
 観光客や、僕たちと同じ修学旅行生で賑わっていた。

 祖母から頼まれた雷おこし、姉から頼まれた和柄の小銭入れを探すため、辺りを見回す。

「瀬川ー。どっちの色が似合ってる!?」

 野球部の友達が、土産物屋の軒先で真剣に悩んでいた。
 黒と青、二枚の法被(はっぴ)を自分に当てて、意見を求めてくる。

「んー……」

 正直わからなくて言い淀んでいると。

 ――トンッ。

「あっ! ごめーん」

 背負っているリュックへの軽い衝撃とともに、謝罪の声がかけられた。
 振り返った僕に「あ、瀬川か」とだけ言って、またすぐに店先へ視線を戻した女子がいた。
 他クラスだが、小学校が同じで面識のある、春日(かすが)さやかだ。

 そして――その隣にいる人物に気づいた瞬間、反射的に目を見開いた。


 森美絵、だった。


 息を呑み、全身が固まる。
 彼女がこちらを見そうになって、慌てて前を向き直った。

「なあ、瀬川。どっち!?」

 友達が法被の答えを急かしてくるけれど、僕の神経は今、すべて背後に持っていかれていた。

「……青」

「オッケー! そうするわ!」

 そいつは満足そうに青い法被を掴み、奥のレジへと向かっていった。

「ねえ、美絵。何かお揃いで買わないー?」

「いいね! これとかどう?」

 すぐ真後ろで、森さんが喋っている。
 どうやらお守りか何かを吟味しているようだ。

 彼女とは同じクラスになったことはなく、他の接点もない。
 普段、こんな至近距離で声を聞くことなんてなかった。

「ピンクも白も、どっちも可愛いなあ。さやか、どう思う?」

 参道の喧騒は遠のき、その声と数軒先の店頭に吊り下げられている風鈴の音だけが、重なり合って耳に届く。

 さっきまで自分がどうやって立っていたのか、どうやって息をしていたのかわからなくなるほど、身動きがとれなくなってしまった。

 商品を見るフリをして身体の向きを変え、視線だけを横に流し、様子をうかがう。

 彼女が眺めているのは、店先に置かれたシルバーの回転式スタンド。
 そこにジャラジャラと掛けられたお守りのキーホルダーたちを前にして、楽しそうに迷っている。

 みんなと同じ、白地のセーラー服に、紺のスカーフ。
 なのになぜ、特別に見えるんだろう。

 無意識のうちに、引き寄せられるように顔を向けてしまっていた、その時。
 ふと、顔を上げた彼女と――バッチリ目が合ってしまった。

 咄嗟に反対側を向き、誤魔化す。

(や……ばい)

 心臓が止まるかと思った。
 内心で焦りまくり、じんわりと冷や汗が滲むのを感じる。

「あれ。そういえば、瀬川って今、何組だっけ?」

 突然、春日が話しかけてきた。

「…………」

「四組だっけ、五組だっけ?」

「……うん」

 激しい動揺のせいで、上の空で生返事をしてしまう。

「え? どっち?」

 怪訝そうな声で我に返り、「……え、ごめん。何?」と聞き返した。

「だから、何組だっけ? 瀬川」

「あ……五組だけど」

「へー。どうりで最近、見かけなかったのね」

 春日と森さんは一組で、僕のいる五組とは、校舎の端と端だ。
 使う階段も違うから、廊下ですれ違うこともほとんどない。

 とても確認なんてできないけれど――春日と会話する僕を、森さんがじっと見ている気がする。
 困惑しながら無意味に視線を泳がせ、やり過ごすしかなかった。

「お待たせー。いやー、これで東京満喫しきったわ!」

 レジの前で小銭をこぼして手間取っていたらしい友達が、買い物袋を提げて明るく戻ってきた。

「あ、うん。……それじゃあ」

 春日に一言だけ告げ、まるで目当ての店に急ぐかのように、逃げるようにその場を後にした。
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