似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
 宮倉に連れられて近くにあったケーキ屋に入ると、甘い香りが鼻をくすぐる。客は美空たちしかおらず、ゆったりとしたオルゴールの曲が流れていた。
 席に座ると、自然と安堵のため息が出る。

(逃げ出せたんだ。あの場から……)

「今日のオススメでいい? 飲み物は?」
「あ、はい。えっと、コーヒーを」

 宮倉が手際よく注文すると、あっという間にケーキが運ばれてくる。
 店員が去ると、彼は大きな口でケーキを頬張り始めた。
 美空もつられてケーキを口に運ぶと、控えめな甘さが口に広がる。

「これ、すごく美味しいです」
「だろ? たまに職場の差し入れにも使うんだ」

 病院で働く人たちは頭も身体も疲れていそうだから、ケーキは喜ばれるのかもしれない。
 美空がそんなことをぼんやりと考えていると、早々とケーキを食べ終えた宮倉がこちらをじっと見つめていた。

「さっきの元カレ、もう大丈夫そうか? あれで諦めるといいけど」

 彼の瞳が美空の不安を捕らえるように、心配そうな色を宿していた。

「どうでしょうか……話が通じないというか。前はもう少し会話できていた気がするんですが、別れ話になるとダメみたいで。婚姻届に続いてフラッシュモブプロポーズときたものですから、全く読めないんです」
「何か策はあるのか?」
「全然ないです。とりあえず仕事は続けられないかもしれないですね。同僚なので」

 すると宮倉は表情を暗くして「そうか」と呟いたきり、黙り込んでしまった。
 自分のためにそんな顔をさせるのが申し訳ない。

「あのっ、どうか気になさらないでくださ……」
「するか。結婚」
「……え?」

 突然『結婚』という単語を出され、美空は口を開けたまま固まった。

「この間、言っていただろう? 両親が安心してくれるような相手がいればって」
「た、確かに言いましたけど」
「その案、かなり良いなって思っていたんだ。俺にとっても。だから、どうかな?」

 軽い口調だが、冗談で場を和ませようとしている訳ではなさそうだ。
 宮倉は笑っていたものの、瞳の奥が真剣さを物語っている。

(確かに宮倉さんはお医者様だし、しっかりした方だから両親だって反対しないでしょうね。それに、結婚してしまえば洋介だって流石に諦めるでしょうけど……)

 話が通じない洋介と、きっぱり別れられる。美空にとっては最良の方法だ。
 ――美空にとっては。

「でも宮倉さんは、政略結婚のお相手に困っていらっしゃるんでしたよね? 政略結婚ってことは、何か利益があったはずです。私なんかでは、それを提供できないでしょう?」

 今時、政略結婚だなんて美空には想像も及ばない。けれど宮倉さんが婚約相手と別れるために別の相手が必要ならば、その相手は自分では駄目だろう。
 つまり宮倉には何の利益もないはずなのだ。
 それなのに、宮倉は「よく覚えていたな」と興味深そうに笑っていた。

「そんなことは気にしなくて良い。俺の方は……結婚以外でもどうにかなる問題なんだ。親が面倒くさがって結婚で解決しようとしているだけ」
「そ、そうなのですか?」
「まあな。……さて、疑問が解決したら受けてくれる気になった?」
「そうは言っても……」
「まだ何か問題でも?」

 優しく微笑みかけられると、まるで彼と付き合っているような錯覚に陥る。洋介と差がありすぎて、思わず頷いてしまいそうだ。

 正気を取り戻すため、テーブルの下で太ももを思い切りつねる。想像以上に痛くて顔をしかめた。

「どうかした? そんなに嫌?」
「い、いえ……ありがたすぎて夢かなって、太ももをつねりました」

 正直に白状すると宮倉がふっと吹き出した。

「ははは、現実だよ。俺、本気でお願いしたいんだ。どうせ結婚するなら、『同士』の君が良い」

 彼は「もちろん無理にとは言わない」と良いながら頬杖をついた。
 きっと彼は、美空が断ればあっさりと引き下がる。それはよく分かっていた。

(でも私も、どうせなら……)
 
「私も同士の宮倉さんにお願いしたいです」
 
 美空が手を差し出すと、宮倉は嬉しそうにその手を握った。

「交渉成立。これからよろしくな、美空」
「下の名前、覚えててくれたんですね」
「もちろん。俺の名前は?」
「優斗さん、ですよね?」

 美空が下の名前で彼の名を呼ぶと、優斗は満足げに目を細めた。

 こうして美空は宮倉優斗と契約結婚することにしたのだった。
 
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