似た者同士の契約婚 ~結婚しないと宣言した日に出会った相手は、不眠の心臓外科医でした~
ジムの廊下を歩いていると、色々な部屋が目に入る。
(色んな教室も開かれている。美空もここで指導をしていたんだな。それなのに、今は受付なのか……)
彼女の指導を思い出す。あの指導力を使わないのはジムにとっての損失だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、トレーニングルームと書かれた部屋へが現れた。ガラス張りになっていて中の様子がよく見える。
(なるほど、自由にトレーニングマシンが使える部屋か。ちょうど良い機会だ。少しやっていくか)
散策にも飽きた優斗は、ゆったりとした気分でトレーニングルームの扉を開けようとした。
その時。
「おい、お前」
後ろから聞こえてきた不機嫌そうな声が、優斗の動きを止めた。
振り返ると、先程美空に怒鳴り散らしていたスタッフ――洋介が立っていた。
「なんでしょう」
「なんでしょうじゃねーよ! 美空の結婚相手ってお前だろ!」
「そうですが、何かご用ですか?」
優斗は洋介をじっと観察して思い出した。美空に無理矢理なサプライズプロポーズをしていた男だと。
(美空はまだこんな厄介な男と働いていたんだな。受付でも理不尽に怒鳴りつけられて……)
そこまで考えて、優斗は美空から職場の愚痴を聞いたことがないことに気がついた。
結婚した当初、あまり元カレからの接触はないと聞いていたため、ここまでこじれているとは思っていなかったのだ。
「白々しいんだよ! 急に出てきて俺の女を横取りしやがって!」
「おかしいですね。美空さんからは貴方の浮気が原因で別れたと伺いましたが、一体誰が『俺の女』なんですか?」
優斗が挑発するように笑みを浮かべると、洋介は顔を真っ赤にして「この野郎……」と低く呻いた。
今にも殴りかかってきそうな相手を眺めていると、奥からスタッフが一人駆け寄ってきた。
「よ、洋介? お客様と何かあったのか?」
「マネージャー! いや……こいつ美空の結婚相手なんで、ちょっと話してただけっす」
「えっ? いやあ、それでもジム内で揉め事は困るよー」
マネージャーと呼ばれた男がを弱々しく洋介と優斗を交互に見た。
(これが責任者か? スタッフ一人の注意も出来ないなんて……)
優斗は内心ため息をつきながら笑みを浮かべた。
「お騒がせして申し訳ありません。ですが、妻のことを悪く言われて黙っていられませんでした。これ以上はご迷惑でしょうから、別途本部に連絡させていただきますね」
するとマネージャーの顔がさあっと青くなった。
「え、えっとですね、それはちょっと困るというか……よ、洋介、謝った方が良い」
「はあ? 無理っす。……ってか、美空の旦那さんは知らないかもしれないけど、俺はこのジムの経営者の息子なの。本部に連絡したけりゃ勝手にしな! どうせ無駄だ! ははっ」
洋介はバカにしたように鼻を鳴らす。
優斗はようやく洋介の態度に納得がいった。
(なるほど。だからさっきからマネージャーは及び腰だし、美空も平謝りしていたのか)
だからといって、優斗には相手が誰であろうと関係ない。
「ではお言葉に甘えて報告させていただきます」
とにっこりと微笑んだ。
するとマネージャーが洋介の頭を鷲掴みにして、無理矢理頭を下げさせた。
「も、申し訳ありません! この通りですからっ! ほら、洋介も!」
「はあ? 止めろよ!」
マネージャーと洋介がもみくちゃになりながら頭を下げているのを見ていると、トレーニングルームの中の人たちが、運動の手を止めてこちらを見ていることに気がついた。
(今日はこんなところか。美空に詳しく聞いて、本部に連絡を入れよう)
決意した優斗は「僕はそろそろ失礼します」と言ってその場を離れた。
しばらくの間、後ろから洋介とマネージャーが言い合う声が響いていた。
(美空を散々苦しめた男だ。経営者の息子だろうが容赦しない)
優斗の脳内にはどのような内容を本部に送るべきか、このジムの経営がどんな資金源で成り立っているか、どこを突くのがジムにとって致命傷になるか、ということが頭を支配していた。
その時、優斗は自分が思った以上に怒りの感情を持っていることに気がついた。
怒りと自分の無力感。それらが混ざって優斗を苛立たせていた。
(美空のことになるとダメみたいだ)
単なる恋愛感情の好意を越えた自分の感情に、優斗は思わず苦笑した。
暴走してあの男のようになるのは御免だ。
だが厄介な元カレからも、自分の元婚約者からも、美空を守りたい。
その思いを強く再認識したのだった。
***
(色んな教室も開かれている。美空もここで指導をしていたんだな。それなのに、今は受付なのか……)
彼女の指導を思い出す。あの指導力を使わないのはジムにとっての損失だろう。
そんなことを考えながら歩いていると、トレーニングルームと書かれた部屋へが現れた。ガラス張りになっていて中の様子がよく見える。
(なるほど、自由にトレーニングマシンが使える部屋か。ちょうど良い機会だ。少しやっていくか)
散策にも飽きた優斗は、ゆったりとした気分でトレーニングルームの扉を開けようとした。
その時。
「おい、お前」
後ろから聞こえてきた不機嫌そうな声が、優斗の動きを止めた。
振り返ると、先程美空に怒鳴り散らしていたスタッフ――洋介が立っていた。
「なんでしょう」
「なんでしょうじゃねーよ! 美空の結婚相手ってお前だろ!」
「そうですが、何かご用ですか?」
優斗は洋介をじっと観察して思い出した。美空に無理矢理なサプライズプロポーズをしていた男だと。
(美空はまだこんな厄介な男と働いていたんだな。受付でも理不尽に怒鳴りつけられて……)
そこまで考えて、優斗は美空から職場の愚痴を聞いたことがないことに気がついた。
結婚した当初、あまり元カレからの接触はないと聞いていたため、ここまでこじれているとは思っていなかったのだ。
「白々しいんだよ! 急に出てきて俺の女を横取りしやがって!」
「おかしいですね。美空さんからは貴方の浮気が原因で別れたと伺いましたが、一体誰が『俺の女』なんですか?」
優斗が挑発するように笑みを浮かべると、洋介は顔を真っ赤にして「この野郎……」と低く呻いた。
今にも殴りかかってきそうな相手を眺めていると、奥からスタッフが一人駆け寄ってきた。
「よ、洋介? お客様と何かあったのか?」
「マネージャー! いや……こいつ美空の結婚相手なんで、ちょっと話してただけっす」
「えっ? いやあ、それでもジム内で揉め事は困るよー」
マネージャーと呼ばれた男がを弱々しく洋介と優斗を交互に見た。
(これが責任者か? スタッフ一人の注意も出来ないなんて……)
優斗は内心ため息をつきながら笑みを浮かべた。
「お騒がせして申し訳ありません。ですが、妻のことを悪く言われて黙っていられませんでした。これ以上はご迷惑でしょうから、別途本部に連絡させていただきますね」
するとマネージャーの顔がさあっと青くなった。
「え、えっとですね、それはちょっと困るというか……よ、洋介、謝った方が良い」
「はあ? 無理っす。……ってか、美空の旦那さんは知らないかもしれないけど、俺はこのジムの経営者の息子なの。本部に連絡したけりゃ勝手にしな! どうせ無駄だ! ははっ」
洋介はバカにしたように鼻を鳴らす。
優斗はようやく洋介の態度に納得がいった。
(なるほど。だからさっきからマネージャーは及び腰だし、美空も平謝りしていたのか)
だからといって、優斗には相手が誰であろうと関係ない。
「ではお言葉に甘えて報告させていただきます」
とにっこりと微笑んだ。
するとマネージャーが洋介の頭を鷲掴みにして、無理矢理頭を下げさせた。
「も、申し訳ありません! この通りですからっ! ほら、洋介も!」
「はあ? 止めろよ!」
マネージャーと洋介がもみくちゃになりながら頭を下げているのを見ていると、トレーニングルームの中の人たちが、運動の手を止めてこちらを見ていることに気がついた。
(今日はこんなところか。美空に詳しく聞いて、本部に連絡を入れよう)
決意した優斗は「僕はそろそろ失礼します」と言ってその場を離れた。
しばらくの間、後ろから洋介とマネージャーが言い合う声が響いていた。
(美空を散々苦しめた男だ。経営者の息子だろうが容赦しない)
優斗の脳内にはどのような内容を本部に送るべきか、このジムの経営がどんな資金源で成り立っているか、どこを突くのがジムにとって致命傷になるか、ということが頭を支配していた。
その時、優斗は自分が思った以上に怒りの感情を持っていることに気がついた。
怒りと自分の無力感。それらが混ざって優斗を苛立たせていた。
(美空のことになるとダメみたいだ)
単なる恋愛感情の好意を越えた自分の感情に、優斗は思わず苦笑した。
暴走してあの男のようになるのは御免だ。
だが厄介な元カレからも、自分の元婚約者からも、美空を守りたい。
その思いを強く再認識したのだった。
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