御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「雅人さんは知っていたんですよね? 次の所長候補に私の名前が出てるって」

 小夜莉がじっと見つめると、雅人は「まぁな」と困ったように眉を上げる。
 研究所の所長が逮捕され、御子柴化学では急遽次の所長を誰にするかという話し合いがもたれた。その際に候補のひとりとして、小夜莉の名前があがったらしいのだ。どうも雅人はそれを知っていて、小夜莉には黙っていたらしい。

「どうして断ったんだ? 小夜莉なら十分務まると思ったが」

 雅人の声に小夜莉は「それは」と顔を上げる。

「いろいろ考えてわかったんです」
「何を?」
「やっぱり私は研究者でいたいんだなって。雅人さんと必死に調査したあの時みたいに、自分の研究でひとりでも多くの人の役に立ちたい。そう思ったんです」

 小夜莉が顔を向けると、雅人は優しい笑顔でにっこりとほほ笑む。

「やっぱり小夜莉だな」
「え?」
「真面目で誠実な小夜莉らしい答えだ。それに……」
「それに?」

 すると雅人が小夜莉の耳元に顔を寄せる。

「小夜莉が忙しくなったら俺が寂しいからな」

 そうささやきながら、くすりと笑う雅人に、小夜莉の頬がじりじりと熱くなる。

「もう、雅人さんったら!」

 小夜莉がこつんと肩を小突き、ふたりは身を寄せ合うとくすくすと笑い声を立てた。
 しばらくするとタクシーが路地に入ったところで緩やかに停車する。

「あ、お母さん!」

 窓から身を乗り出すようにして見た小夜莉は、実家の前で大きく手を振る母を見つけた。
 小夜莉たちがタクシーから降りるのをうずうずとして待っていた母は、車が走り去るのを確認して駆け寄ってくる。
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