御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「君のお母さんは、今日を楽しみにしていたんだろう?」
「え?」
「それに、君の婚約者はもういない」
「しゃ、社長……?」

 雅人は小夜莉に小さくウインクすると、母に向かって軽く手を上げた。

「今、行きます」

 低く通る雅人の声に、小夜莉は驚いて「え⁉」と叫び声を上げてしまう。
 雅人だって用事があってここに来ただろうに、まさか母の勘違いに付き合うというのだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってください。社長だってご予定があるんじゃ……」

 小夜莉がそこまで言いかけた時、雅人はほほ笑むとそっと人差し指を口元に当てる。

「今から俺は君の婚約者だ。社長はやめてくれないか? 小夜莉」

 雅人の甘くささやく様な声色に、思わず小夜莉の胸の奥がドキッと跳ねた。

「そ、そんな。でも……」
「さぁ、お母さんが待ってるよ」

 小夜莉が顔を上げると、母は満面の笑みで大きく手を振っている。
 あんなに喜んでいる母を、ガッカリさせたくないのは小夜莉も同じだ。

(今は社長の好意に甘えてもいいんだよね……?)

 小夜莉はしばらく逡巡した後、静かに顔を上げると雅人の瞳を見つめた。

「ありがとうございます。しゃ……いえ、雅人さん……」

 雅人は小夜莉の声に嬉しそうにくすりと笑う。
 そしてふたりは、並んでエレベーターに向かって歩き出したのだ。
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