御曹司社長は恋に臆病な契約妻を極上の愛で囲う
「私あのひと知ってる!」

 女性は興奮したような声を上げると、こそこそと雅人を指さしながら直志の耳元に手を当てた。

「あのひと、御子柴グループの御曹司だよ! 雑誌で見たことあるもん!」
「御子柴? へぇ、さすが御曹司いい女連れてるな」

 ふたりの声は全くひそひそ話ではなく、こちらにまでよく通る。

(なんて失礼なひとたちなの……)

 公然と初対面のひとの事を噂するなど以ての外だ。
 少しでもこのひと達と関りがあった自分が情けなくてたまらなくなる。
 小夜莉が悔しさに唇を噛みしめた時、じろじろとこちらを窺っていた直志がはっと息を呑むのが伝わった。

「え? もしかして、小夜ちゃ――」

 直志の声に女性も「え⁉」と身を乗り出す。
 でも直志が言葉を言い終わらない内に、雅人が小夜莉をかばうように前に立ちはだかった。

「失礼、俺の婚約者をじろじろと見ないでくれるかな?」
「は⁉ 婚約者? だってついさっきまで……」
「あぁそうだ。誰かが浮気してくれたおかげで、俺は彼女を手に入れる事が出来た。心から感謝するよ」
「そ、そんな……」

 愕然とする直志の隣で、女性が「嘘……」とあんぐりと口を開ける。
 その時ポンと音を立ててエレベーターがエントランスの階に到着した。

「小夜莉」

 雅人が腕を差し出し、小夜莉はそっとその腕に手を添える。

「さようなら」

 小夜莉は放心状態のふたりにそう告げると、軽くなった心持ちでホテルを後にした。
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