サイコ医局長の検体

「と、十三郷先生、まだ外来がありますよね?! 貫さんは私が治療しますから!」

「外来は他の医師に任せましたよ。貫さんは僕が診ます。」

「え、ええっ?! 外来の患者さんを他の先生にお任せしちゃったんですか?! 十三郷先生に診てもらいたい患者さんだって沢山いるのに、」

「そんなもの僕じゃなくたっていいでしょう。」

「いえ、でもわざわざ十三郷先生のいる日に予約して来た患者さんだって沢山いるのに!」

「あなたに僕と患者の何が分かるんです?」

「は? ええっと……?」

「もう用がないなら仕事に戻って下さい。」


十三郷が冷めた目つきでピシャリと言い放てば、看護師が包帯を強く握りしめる。

これほど扱いずらい医師はいない。

そもそも外来を放ったらかしにするなんて、仕事を放棄しているようなものだ。

循環器の看護師長になんといわれるか分かったもんじゃない。

看護師が怒りに震えながら踵を返せば、その空気に気が付いた亜月が声をかけた。


「すみませんありがとうございました! 父にはあなたに助けられたこと、ちゃんと言っておきますので!」


亜月の一言で、看護師の肩がゆっくりと下がる。

そしてこちらを振り向き、笑顔でお辞儀をした。


「貫さん、どうぞお大事に。」


亜月の心はヒヤヒヤもんである。

もしかしたらこの男のせいで、院内の派閥や確執が深堀りされているのではないのだろうか。

今度看護師さんに、コルネッティを差し入れしようと誓った。


しかし安堵したのも束の間、ふと見れば、瞬きもせず、じいっと自分の顔を見下げる十三郷の顔がある。

瞳孔が開いているかのような三白眼で、じっとりと舐め回すように見てくる。

天才の観察眼は、一体どこまで見透かしてくるのか。若干狂気を感じた。


「……いえあの。私、設備点検の立ち会いがあるので。急いで総務に戻らないと……」


上ずりそうな声を押し殺し、無表情で十三郷から視線を反らす亜月。

このお姫様抱っこの羞恥よりも、十三郷の目が怖すぎた。

喉を上下させ、とにかく平常心を装った。


「貫アヅさん。さっき一瞬、表情変わりましたよね?」

「え?」

「もしかして、僕に助けられて喜んでいるのですか?」


そんなわけない、と出かかった声を押し戻す。

むしろ自分はさっき、引きつった顔をしていたはず。誰も喜びは表現していない。

それなのに十三郷は、自分の肩をつかむ手に力を込め、膝裏から支えられた手で太ももをさするのだ。

ビクリと脚を固く閉じれば、ゆっくりと十三郷の口角が持ち上がった。


「僕、もっと貫アヅさんの表情変えたくなっちゃいました。今後優しく虐めてみても大丈夫ですか?」

「ごめんなさい。大丈夫じゃありません。」

「それより今は膝と足首を手当しないと。もうストッキングに穴が空いちゃってるんで、このまま破っても構いませんよね?」

「それより十三郷先生、私、総務に戻りたいんですけど。」

「設備点検ならすでに他の社員が立ち会ってますよ。もうちょっと僕とのことを考えて下さい。ふふ。」


吐息だけで笑う、十三郷の気持ちの悪い声が響く。

空き部屋の病棟で治療を受けた亜月だが、受難は続くこととなる。








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